2018-10-01から1ヶ月間の記事一覧
入園時とはうって変わって、出口のほうの、入口と同様に石室みたいな灰色の部屋はしんと静まりかえっていた。機能的な面では今いるここは入口でも出口でもあるからまあ僕たちの立場からすれば出口というだけのことなのだけれど、出口というのは結局のところ…
そこは町ではなく、遊園地だった。遠目にいくつもの陸橋が交差しているように見えたのは、まぎれもなくひとつの巨大なアトラクションだった。稼働してはいないみたいだったけれど、もしかするとこれはこれで全体の何パーセントかは動いているのかもしれなか…
夕陽があたってこはく色に輝いている大きな川が丘の下に見えてきて、僕はそれがとても好きだったから、あれ? また記憶海岸があるの? もしかしてさっきのやつがやっぱり寂しくなってついてきちゃったのかなあ、などと思っていると、たくさんの人々や、大き…
「僕の呼び名はいるか様ということになったけれど」僕はいった。「きみのことはまだきみのままだな」 「はい」五〇〇番はいった。 「それに、きみに話しかけるときはきみと呼んでいるけれど」僕はいった。「心の中で呼ぶとき、ようは三人称の代名詞のときに…
そんなわけで、僕と五〇〇番は記憶海岸に別れをつげてまた北へと歩き出した。聞いたところ記憶海岸というのは仮の呼び名で、工事がしまいまで完了してから正式な名前を決めるつもりだったらしい。いずれにせよ「タツノオトシゴ・プロジェクト」とか「大日本…
とにかく北へと歩いていくしかないのではないだろうかと結論づけたときにはほとんど昼みたいな感じになっていた。もしかりに、まだまだ朝だ、なんて言い張ったあかつきには朝のあらゆることのみに癇癪持ちの傾向があるだれかを、結果的に泣かせてしまうかも…
ひとまず朝食を記憶海岸から用意してそれをなんとなく食べてしまうと、頭の中にあるもっとも現実に近い部分が空っぽになってふわふわしているのがわかった。朝は人を冷静にするし、昨日までのできごとを一度リセットしようとしてやっぱりリセットしないでお…
目に光が入ってきたと思って目を開けると、僕は泣いているのだった。光のせいか涙のせいかあるいはそれ以外の何かのせいなのかわからないけれど視界がうんとぼやけて前がよく見えないから、とりあえずの対処として片手か両手かで片目か両目かをぬぐうと、五…
百人くらいの人が入れそうな広場を、坊主頭が清めている、坊主頭は草や花の飾り物をのせた盆を携えやって来て、広場の中心に置き、そうであるべき姿にととのえる、何事かを唱える、去っていく、広場はもう、しかるべき舞台になっている、外面はただの空き地…
逸る気持ちではないけれどそういった類いの何かに後押しされてひたすら歩きつづけていたので、夜になったらどうしようとか、食物はどうしようとか、そういった忘れてはいけないことを忘れてしまっていた。気づけばもう夜に浸かっていて、しつこい空腹に襲わ…
「それ」は象牙のような形をしたかと思うと、次の瞬間には百合の花を象っていた。僕はその時驚くべきことに、象牙のことを考え、百合の花の印象を意識していたのだった。すでに日は落ちて、月明かりがきらきらと水面を揺らしていた。なかなか神秘的で魅力的…
不意に、車は無事だろうかという気持ちが芽生えていた。屋根や囲いのないことはもとより、駐車のための場所でもないところに自分の車を置いてきたのは初めてだったから、すこし不安だった。ただ、買い換えたばかりの新車で大して思い出があったり思い入れが…
「そういや、きみはどうしてあんな辺鄙なところに取り残されているんだい」 ふと気がかりになって、右後方を無言でついてくる五〇〇番に訊いてみた。 「それがあなたの命令だからです、いるか様」 「命令? いるか様の?」 「はい。わたしはあの地点に留まり…
「弟を探しているんだ」僕はいった。 五〇〇番はきまって僕の右側後方を歩いていた。 「いや、探しているというほど切羽つまった感じでもないな」僕はいった。 北へ向かう道だけがぞっとするほど先までつづいていた。 「僕は、弟に会いに向かっているんだ」…
「つまり、きみの知っているいるか様が持つ特徴をそっくりそのまま模した容姿を僕がしていて、だから僕がいるか様である、ということかな?」 とりあえず簡潔に聞いた話を整理してみると、そういうことになっていた。 「そうであるといえます」五〇〇番はい…
歩いても歩いても、なかなか五〇〇番のいう工事の現場には行き当たらなかった。これほどまで長い一本道なので、工事をするさいはひとつ手前の分かれ道のところを封鎖するという当たり前のことも、その理由とか必要性とかがそこなわれてしまってしまっている…
「通行止めです」 信号と電柱と電線しかなかったのに、いつの間にかもう信号しかなくなってしまったところを車で走っていたのだった。信号は機能していなかった、電柱も電線もないし、したがって電気が通じていないのだから当然といえば当然だが、もしかする…
『ダンボール詩人』はながながとおくびを吐き出してから、『バドワイザー』の三五〇ミリリットル缶のプルタブを軽快にあけて、そのままじかにごくごくと飲んだ。 『おれ』も『バドワイザー』三五〇ミリリットル缶をあけて、くすんだライトグリーンの角ばった…
太陽の光線が僅かに揺れた気がした。それを見たとき、急にどこかへ帰りたくなった。そう『おれ』が言うと、それは気のせいだ、と『羊をめぐる冒険』は言った。 「だってそんなものこれまで見たことないよ。窓もないし、光が届くはずもない。残念だけれど」 …