通行止め


「通行止めです」

 信号と電柱と電線しかなかったのに、いつの間にかもう信号しかなくなってしまったところを車で走っていたのだった。信号は機能していなかった、電柱も電線もないし、したがって電気が通じていないのだから当然といえば当然だが、もしかするとそういうごちゃごちゃしがちな装置は地下に埋まっているのかもしれないけれど、こんな乾いた堅い土の下に繊細なパイプが通っているとは思えなかった。風も埃っぽくてざらざらと乾いていた。広大で平らな土地には、背の高いサボテンや、背の低いサボテンが散らばって生育していた。しばらく道なりに進んでいくと四つ辻に行き当たって、そこから先が通行止めになっていた。物々しい鋼鉄のゲートが、僕の行きたい方向の道をぎっちり塞いでいた。その前に小柄な人影があって、僕はその人影に声をかけられたのだ。僕はどうしても北の方へ向かいたかったから、ここで通れる西か東へつづく道に曲がりたくなかったし、引き返すなんてのはもってのほかだった。南になんていたら直にやつらの大群にのみこまれてしまうのが関の山なのだ。だから通行止めだなどといわれてもすごすごと退いて承服するわけにはいかないのだった。

「困るよ。僕はどうしてもそっちにいかなくちゃいけないんだ。通してくれ」

「ここは通行止めです。通ることはできません」

 僕はため息を吐いた。

「見たところ、きみは五〇〇番台の自律型案内ロボットだな。それならば話はできるし、話が早い。いったいこの先で何が行われているんだ? そのこたえしだいでは、あるいは通れるかもしれないからね。規制や制限ってのは、だいたいのところ大げさなものだから」

「工事、です」

「工事か。何の工事なんだ? 大がかりな作業をしているのか、それともちょっとそこのアスファルトを削って新しく修繕しましょう、みたいな感じなのか。それなら脇をすこし通るくらい造作もないし、迷惑もかけないだろう。それか工事といっても、道の開通式のような催しだったり、別の連絡線を延ばしはじめるための施行式だったりするのか」

 五〇〇番は眉ひとつ動かさなかった。僕もそれを真似て動かさなかった。彼女の肌の部分には白よりは銀に近い白銀の合成樹脂が使われていて、とても硬そうだった。オーツ麦の匂いがしたと思ったが、それは五〇〇番の髪の毛がオーツ麦のような色をしているからかもしれなかった。彼女、と思うことにしたのは、その髪が首から肩甲骨のあたりにかけて緩やかな稜線を描いているからだ。

「ここは通行止めです。この先では工事が行われています」

「そうか、なるほど」

 なるほど、これ以上の会話は必要ないようだったから、僕は日常茶飯思うがままにうんざりとして、北の道を眺めすかした。つられて五〇〇番も北の道を見ているようだった。エキゾチックな服を身につけた子供たちが道の上で遊んでいた。石灰に似た小さな石を手に、アスファルトにいくつかの幾何学模様を刻んで、それで遊んでいるみたいだった。いっさい声をあげていなかったから、かれらは何千番台かの何らかの用途をプログラムされたロボットだった。道はどこまでも縷々としてつづいているようで先が見えなかった。何も遮るものがないのに先が見えないというのは、何だかおかしかった。蜃気楼が見えそうで、見えなかった。莫大な距離は、時に視線を遮ってしまうのかもしれなかった。

「じゃあ、僕は行くよ。どちらにせよ、これでは車は通れそうもないから、ここに置いていく。ここからは歩きだな。ないと思うけど、万が一ここに戻ってきた時のために車を見張っといてくれ」

 比較的すき間の広くあいている場所を見つけて、体を捻りつつそこを潜って抜けると、ゲートを飛んで越えた五〇〇番が空から降りてきた。ほとんどうんざりした。

「なんだ、ここは通行止めです、か? 知らないね。きみは案内ロボットで、僕を武力で止めようとしたって無駄なことさ」

 しかし何をいうのでも、何をするのでもないみたいだったので、それならばと僕も気にせず歩きはじめた。やはり、うしろを五〇〇番がついてきた。そういうわけだから、僕と五〇〇番はつれだって北の道を北へと歩いていった。ふと気になって振り返ると、子供たちは何らかの意味をもっているはずの未知の機能を完全に停止して、銀鈴の笑い声だけ宙に残したまま、硬直していた。