歩いても歩いても、なかなか五〇〇番のいう工事の現場には行き当たらなかった。これほどまで長い一本道なので、工事をするさいはひとつ手前の分かれ道のところを封鎖するという当たり前のことも、その理由とか必要性とかがそこなわれてしまってしまっているみたいだった。
「いるか様」
先の見えないところをただ歩くというのは久しぶりというか初めてのような気もして、踏みしめている砂利の凹凸とか、目まぐるしく変わっていく雲の模様なんかがより敏感に感じられた。
「いるか様」
五度目なので、そろそろ反応しようと思った。
「だから、僕はいるかじゃない。いるかという哺乳類でもないし、いるかという名前でもないし、いるかという愛称で呼ばれてもいないし、愛称じゃなくても蔑称としてもいるかとは呼ばれていない。というか、そもそも蔑称でいるかなんて呼ぶことなんてあるのかな? いるかにはさしたる欠点なんてないからね。愛らしいなりをしてるし、頭もいいらしいし」
うつけた沈黙が落ちた。
「わかったよ、話を聞こう」
五〇〇番はじっと僕のことを見ていた。一滴の水を思わせる眼差しは、驚くほど揺れずに目蓋の下に宿っている。
ぼくはつづけていう。
「きみがどうしても僕のことをいるかと呼びたくてしかたがないことはよおくわかったから、どうして僕のことをいるかだと思うのかをおしえてくれ」
「あなたがいるか様であるためです」
なんということだろう。さっぱりわからなかった。
「よしそうだな、僕にもわかるように説明してくれないか」
「あなたがいるか様であることをあなたにわかるように説明する、ということでしょうか?」
「そういうことだな。いま僕がもっとも必要としているのがそれだ」
「なんだか間抜けな話だと推察できますが、間違っていますでしょうか」
どうやら話は平行線というか、平行はかろうじてしているけれどもけっして器械体操の平行棒みたいなこころやさしい距離感ではないようだった。
「どちらが間抜けなのか、これからじっくり決めようじゃないか」
僕はいった。