逸る気持ちではないけれどそういった類いの何かに後押しされてひたすら歩きつづけていたので、夜になったらどうしようとか、食物はどうしようとか、そういった忘れてはいけないことを忘れてしまっていた。気づけばもう夜に浸かっていて、しつこい空腹に襲われていた。
ああ、部屋のベッド、と思ったとたん、あろうことか水中に僕の部屋のベッドが現出した。ふむ、なるほど、と思い、それを浜辺まで引っ張り上げてきて、二つに複製し、適当な距離に並べた。それで得意になって、今朝の朝食、と意識したのもつかの間、今朝の和洋折衷メニューが浜辺に置かれた。ほう、と思った。よくよく矯めつ眇めつしてみると、ベッドは先細りの台形に変形していたし、今朝の朝食は目玉焼き一品だけべっとりと腐っていた。でも、そういうことらしかった。慣れてくればもっとうまくいくだろう。
まず僕が先に浜辺に足を踏み入れた。ごくふつうの、ありふれた砂の感触が足の裏に伝わってきた。つづいて五〇〇番も入った。
すっとんきょうな悲鳴が夜空にひびいた。
「どうした」
「流れ込んできます」
「何が」
「あなたの記憶が、流れ込んできます」
五〇〇番は、僕の人生経験のなかでもひときわ可笑しな顔をして固まっていた。だが内部はすぐさま落ち着きを取り戻したようで、ロボ的にいえば解析を終えたようで、僕の目を覗き込んできた。
「何と呼べばいいでしょう?」
いきなり、あいかわらず可笑しな顔をしたまま訊いてきたので、僕は思わず愉快に笑っていった。
「何を」
「あなたのことをです」
僕はすこしだけ考えて、いった。
「いるか様、でいいんじゃないかな」
「……わかりました、いるか様」
五〇〇番は可笑しな顔のまま、こくりと肯いた。