単発

すべて隣り合うものは狩りのために

魔法みたいなものなのだと思う。 放出、放出したいなア! モゾモゾ! このモゾモゾ! 最初の男、《放出男》は、そう叫んだと言われている。 * 僕が知る限り、”ふり”の流行はそのころから始まった。 人々は、多種多様な”ふり”を、様々な仕方でした。 記号的…

倉庫番

大学を辞めることになり、大学と実家のちょうど中間あたりの町の古い木造アパートに部屋を借りた。そこはぱっとしない町だった。見慣れない私鉄が二線、町の周縁にそっと進入してはすぐさま交差し、そっと抜けていく。駅前には、何十年も以前の変に欲ばった…

ダンボール詩人の死(地下の話)

『ダンボール詩人』はながながとおくびを吐き出してから、『バドワイザー』の三五〇ミリリットル缶のプルタブを軽快にあけて、そのままじかにごくごくと飲んだ。 『おれ』も『バドワイザー』三五〇ミリリットル缶をあけて、くすんだライトグリーンの角ばった…

見えない水(地下の話)

太陽の光線が僅かに揺れた気がした。それを見たとき、急にどこかへ帰りたくなった。そう『おれ』が言うと、それは気のせいだ、と『羊をめぐる冒険』は言った。 「だってそんなものこれまで見たことないよ。窓もないし、光が届くはずもない。残念だけれど」 …

ぼくの好きな音楽

何のために音楽を聴いてるの、と訊くと、「そりゃあおまえ、音楽が好きだからだよ」っていつもヘッドホンを首から提げてるかれは眉ひとつ動かさないで軽やかに言った。ぼくも音楽は好きだし、ただまあかれと好みが合ったことはまだ一度もないのだけれど、音…

きみといる世界

ある日、何かを好きでいるってことは、それそのものが好きだというわけではなくて、その何かがある、その何かを含んでいるこの世界が好きなのだと、ぼくはふと気づいた。 たとえばそうだな、ぼくは小説が好きなんだと思う。 いきなり、「好き」だと「思う」…

木の葉が揺れていた

その時、A校舎二階の隅に位置する講義室の窓辺の席から外を、露天の喫煙所にたち込める見えない紫煙を見下ろしていた時、煙の昇っていく方を追っていくと宙で真新しい緑の樹葉が風に揺れていた。水泳プールみたいだと思った。それは、よく日に照ってたゆた…

白の街

§白の街 この街は全てが白い。 窓外に見渡す景色は、春霞に支配された王国のような白さだ。家並みの外壁は並べて白塗りで、往来を行く人々はみな白い残像を振りまいている。街道の敷石は鈍く白が浮かび、街灯のポールも白い。夕方の時分時になると一斉に点く…