きくらげをめぐる冒険

第十三話(終) さようなら、きくらげ

僕は歩いていた。そして、歩いている、と思った。地面の反撥が靴底につたわってきて、それだけで何だか気持ちが良かった。結局はそれだけで十分なのだ。 オランウータンはあれから無事にしているだろうか、勢いよく町並みに繰り出してしまってなかなか危険な…

第十二話 霧が晴れて登場するもの

涙ぐましい努力もむなしく『さかなクン』は途方に暮れていた。言葉? 魔法? 本質? わけがわからねえよ! 今日は途方に暮れてばっかだな、今日、今日はいつまでつづくんだ・・・・・・ それにしても暑い、霧の奥から太陽の光が、角度のある西日が皮膚を突き抜けて…

第十一話 長く静かなカーブを回る

懸命に両腕を振り地面を蹴って全力疾走していた『さかなクン』であったが、気持ちこころが落ち着いてきたように思ったので一旦そこに止まって後ろを振り返って見た。白く磨かれた石の地面から草いきれのような具合に霧が立ちのぼってきていて視界はよくはな…

第十話 いるかと「観察者」

『ブラザー複合機』は梢の網を透かして入り込んでくる太陽の光と落ち葉の匂いに包まれた小道を進みながら不器用に動揺していた。動揺というものを初めてそのボディに感じていたのかもしれなかった。というのも、それは案内をすることは性能上お手のものであ…

第九話 サウス・アメリカン・ゲッタウェイ

『さかなクン』は打ちひしがれた。プライスカードや陳列用フックや仕切版どころではなく、そもそもの基底の什器までもがきくらげが並んでいるはずの場所からごそっと丸々脱落しているのだ。『さかなクン』はその場にくずおれた。猛烈な諸感情がこの数時間だ…

第八話 イトーヨーカ堂のあたりを徘徊する小さな青い女児

『ブラザー複合機』は「もんのすごい音」がしたところで変わらず普段どおりのイトーヨーカ堂の出入口に見るに堪えない恰好で立っているように存在した。『ブラザー複合機』が道案内をした、イトーヨーカ堂に用があったとしか推察できないあの声の高い男は「…

第七話 相変わらず目は死んでいる

『さかなクン』は女販売員がスイングドアをくぐってバックルームに消えていくのを呆然と立ち尽くして見ていた。そして急に白けた気持ちになって、これはこれでわるくないかもな、とつま先でスレートか御影石か判別のつかない床のつなぎ目をいじりながら思っ…

第六話 そのすべてを始めた者たち

「もんのすごい音」とオランウータンというオランウータンではない魔法少女志願のオランウータンが言った。 僕は瀕死の状態にありつつ、けれどもそこで天才的にある異和感のようなものを感じとった。もんのすごい音、だって? それは違う。 それは違うのでは…

第五話 マグナ=カルタ(大憲章)はお求めに

気がつくと『さかなクン』はイトーヨーカ堂の「中華材料」コーナーの「きくらげ」売り場に突っ立っていることに気づいた。ずいぶんと遠くまで来てしまったような気もした。かれはキョロキョロとあたりを見回した。ふつうのイトーヨーカ堂だ。 なんだなんだ。…

第四話 『ブラザー複合機』、魂のようなもの

『ブラザー複合機』は投棄された瞬間からきっかり三十分間、じっと沈黙したのち、魂のようなものを回復した。というよりも、宿した、と申し上げた方がどちらかといえば適切なのかもしれないが、どちらにせよさして違いはない。万物に魂は存在しうる。それだ…

第三話 魔法少女オランウータン

僕は『ブラザー複合機』が下生えの茂みにうずくまっているのを三十秒くらい見た。何となく病気みたいな恰好だと思った。ぶるぶるとふるえる捨て猫のようだった。ぶるぶるとふるえる捨て猫を見たことはなかったが。 僕はこの『ブラザー複合機』を置いていった…

第二話 『さかなクン』はどこへいった?

『さかなクン』はわけがわからなかった。というのも、どうしてこんなにコカ・コーラが飲みたくて飲みたくてしかたがないのか、かれ自身まるで見当もつかないのだ。コーラ、コーラとさながら亡霊のように呻いていた。かれが世界初の亡霊であることも考えられ…

第一話 きくらげよ、お前はいったい何者だ?

インターネットで調べてみたところきくらげが何であるかはすぐに分かった。となりの『さかなクン』にそのことについて伝えたところかれは「ギョギョ!?」と一度、いつものように鋭く叫んでから、急にそわそわとし始め、 「コーラは何処だ?」とボソリと呟い…