夕陽があたってこはく色に輝いている大きな川が丘の下に見えてきて、僕はそれがとても好きだったから、あれ? また記憶海岸があるの? もしかしてさっきのやつがやっぱり寂しくなってついてきちゃったのかなあ、などと思っていると、たくさんの人々や、大きな石造りの建物が立っている町が見えてきたので、これは僕の記憶なんかじゃなくて北の国の風景なんだとわかった。大きな川に沿うようにして首のうんと長い濡れ羽色の鳥が群れをなして飛んでいた。鳥たちは川とともに下流へとさかのぼっていき、クリーム色の高い城壁を越えていって、そのままやがて見えなくなった。壁の向こう側には硬質で小ぢんまりとした町が見えた。たくさんの陸橋がはり巡らされているのか、いたるところに交差の模様が突出しているように窺えて、それらは何もかもが白っぽい単調な色合いの景色に深さを生み出していた。大樹の根本を模したようなどこか現実離れした構造は、さながら町全体がのっぺりとくたびれたジェットコースターみたいだった。
「きれいなところだ」僕は感心していった。
ぱっと見たかぎりでは、家々の屋根の高さぐあいとか空との境界をなしている空間の配置とか、あらゆる点でまったく非の打ちどころがない。僕とミーアは丘を下っていった。ずいぶん前から道路は舗装されていなかったから、足を滑らせないように砂埃をたてながら慎重に歩いた。
丘を下りきってしまうと、視界は城壁のクリーム色に完全におおわれた。遠くから見てもかなり高いと思ったが、一転見上げる形になるとその迫力は一気に増大した。近づくことでわかったのだが壁のクリーム色にはいっさい他色性がなく、いわば完ぺきにクリーム色だった。単色の威力とでもいえばいいのか、わかりやすい単純さが威圧感をかもしている。
北の国に着いたんだ、と僕は半ば戸惑いがちに思った。いざ北の国に来てしまうと、何もかもが済んだような気持ちが湧いてきていた。でも実際には何一つ済んじゃいない。僕はたんなる観光のためにわざわざ苦労して出かけてきたわけではないのだ。そもそも観光なんかで北の国に来ようなんて、ふつうは想像の
城門のようなものが待ち構えているのを予想していたけれど、道の先には人ふたりが並んでやっと通り抜けられるくらいの小さなドアがあるだけだった。高さも平均的なつくりだった。ドアは把手から鍵穴までごく庶民的なタイプのもので、異なることといえばその隅々にいたるまで完ぺきなクリーム色をしていることだけだ。
ドアを開けてまず僕から中に入り、つづけてミーアも入ってきた。
すると突然室内全体(石室のようだった)が何かが弾ける音とともに発光したかと思うと、にぎやかなワルツが大音量で響きだした。ややおくれてシンバルのようながさついた音が不規則なリズムでワルツに乗っかっていく。ポリフォニックな音楽構造だ、と一瞬納得しかけて、ただバラバラにうるさいだけだとぎりぎりとところで気づくことができた。
「うるさい! やめてくれ!」
うるさくてやめてほしかったので僕は叫んだ。バン、テッテッテ、バ、テッ、テ…………。やっと鳴りやんだ。耳の奥とこめかみのあたりがじんじんとした。
「いったいなんだってんだ……」
ミーアは目をぱちくりとさせていた。僕は行こうとうながして、どうやらカウンターらしい壁ぎわに近寄っていった。透明なガラス板をはさんだ向かいに子供が座っていた。
「いらっしゃいませ!」子供はにこやかにいった。
「どうも」僕はあっけにとられていった。「いらっしゃいませ、だって? 何だかお店みたいだな」
「当園にお越しですか?」子供はにこやかにいった。
「当園? ここはなんなんだ?」
「当園は子供に限り入園がみとめられています。子供ではない方がいらっしゃいましたら、どうぞお引き取りくださいませ!」子供はにこやかにいった。
「ええと、もしもし?」
「入園料といたしましては、おひとりサ」
「……さ?」
「サッサトトオリヤガレサッサトトオリヤガレサッサトトオリヤガレ」
子供は頭のてっぺんから煙をもくもくと出しはじめると、首を真横にぺたんと倒して停止した。ずいぶん長らく起動していなかったみたいで、鼻の孔やてかてかのズボンの股間あたりなどには埃や塵がたんまり積もっていた。
「わるいことしちゃったかな」僕はいった。
「しかたがないです」ミーアはいった。