「僕の呼び名はいるか様ということになったけれど」僕はいった。「きみのことはまだきみのままだな」
「はい」五〇〇番はいった。
「それに、きみに話しかけるときはきみと呼んでいるけれど」僕はいった。「心の中で呼ぶとき、ようは三人称の代名詞のときには、五〇〇番、っていうことにしてる」
「はい」五〇〇番はいった。
「考えたんだけど」僕はいった。「はい」「きみ、ってのはまだいいとして、五〇〇番というのはなんだかそっけない感じがしてきたんだ。それは型番だし、きみは正確には五〇〇番ではなく五〇〇番
「はい」五〇〇番はいった。
「そういうわけだから」僕はいった。「きみにも名前をつけたいと思っているんだけど」
五〇〇番は何もいわなかった。
「名前っていうのはその五〇〇番とかそういう
「はい?」五〇〇番はいった。
「もしかしてきみが前のいるか様にしたがっていたとき、そういう名前みたいなもので呼ばれていたりした?」
「あなた様と同じく、きみ、と呼ばれていたと記憶しています」
「心の中では?」
「申し訳ありません。わたしには人間の心の中を読み取るすべがありませんので」
「たしかに」僕はいった。「そのとおりだ」
僕たちは笑った。笑っているのは僕だけだったけれど。
「いろいろと考えようとしたんだけど」僕はいった。「考えるまでもなくこれがいいんじゃないかなというのが頭に浮かんできちゃったんだ」
五〇〇番は僕を見た。「それが、わたしの名前になるのでしょうか」
「いや、べつにいらないっていうならそれでいいんだ」僕はいった。「名前っていうのはふつうだれもかれもがつけていいものじゃないいんだ。なんていうか、そういうものなんだ」
五〇〇番はしきりに僕を見ていた。「それは、何というものなのでしょうか」
「ミーアシャム」僕はいった。「黄色みを帯びた、やさしい白の岩石の名前なんだけど」
「ミーアシャム」五〇〇番はいった。「ミーアシャム」
「そこから半分とって、ミーア、なんてのはどうだろう?」
僕は急に恥ずかしくなって、穴があったら入りたくなった。地面の砂岩はとても乾いていて、掘るには堅すぎた。
「ミーア」五〇〇番はいった。「ミーア」
そう何度も繰り返していた。どうやら気に入ってくれたみたいだった。僕はなんだかさらに恥ずかしくなった。ミーアという名前が彼女の記憶領域にとどまることなく、彼女のもっと大事な部分に届いて、そこで生きてくれたらいいなと僕は思った。こういったことを願うのは僕らしくない気がして、どんどん恥ずかしくなった。
「ミーアシャム。ミーア」ミーアはいった。
心なしか面白そうにしているミーアを見て、僕はほっとため息をついた。だれかを面白そうにさせたことなんて、思い出せる限り一度もないような気がした。こういう気持ちになるのか、と僕も心なしか面白くなった。
「いるか様」ミーアはいった。
「なんだい」僕はいった。
「この名前にはどんな意味が込められているのでしょう」
僕はミーアを見た。「きみの姿や色や雰囲気がよく似ているんだ。なんというか、落ちついた感じで、さりげない親しさがある。大事なことだ」
「はい」ミーアはいった。
「それとね」僕はいった。「ミーアシャムっていうのはどこか、遠い外国の言葉で、海の泡、って意味をもっているんだ」
……記憶海岸は今どうしているだろうか。ひとつ感謝をしたくなった。僕たちを面白くしてくれたのは、おまえのおかげかもしれないんだぜ。記憶海岸。こうして離れてみると、それほどわるいところでもなかったと思えた。
「海の泡」ミーアはいった。
「海の泡」僕もいった。