そこは町ではなく、遊園地だった。遠目にいくつもの陸橋が交差しているように見えたのは、まぎれもなくひとつの巨大なアトラクションだった。稼働してはいないみたいだったけれど、もしかするとこれはこれで全体の何パーセントかは動いているのかもしれなかった。まあとにかく園内のあちらこちらに延びているこの陸橋ジェットコースター
緑色の小ざっぱりとしたジャンパーを羽織った子供たちが、従業員然として通路や建物の中を歩いたり立ち止まったりしていた。どうやら園の関係者にしても子供でなければならないらしい。受付(らしきところ)に居たのも子供だったし、かなり強めの規則なのかもしれない。おそらくかれらのだれもが、少なくとも百年はこの遊園地で過ごしているだろうけれど、それでもやはりかれらは子供たちなのだった。
「あの、すいません」
僕は近くにいた細長い機器を手に持っている緑ジャンパーの子供に話しかけた。確認したいことがけっこうあるのだ。
「なんでしょう」子供はぶっきらぼうにいった。
「ここは遊園地なんだよね?」
「見ればわかるでしょう」
「……そうだね」
そう、あらゆるものは見ればわかる。百聞は一見に如かず。その通りだ。まったく。
「僕たちは南から歩いてきたんだけど」僕は床を凝視していった。苔入りのアゲートみたいなうねった模様がびっしり敷きつめられていた。人間の体内に立っているのはこんな感じだと思う。なんか苦手だな、床も、子供も……。
「歩いてきて、なんですか」
「あ、ごめんごめん」僕は床を見るのをやめていった。同じ言葉を二度くりかえしていうのは動揺している証拠だ。気を張らないと、と僕は思った。子供の手の中で細長い機器が電流をほとばしらせていた。
「ここは北の国だよね?」
「だったら何だっていうんですか」
僕は歩き出した。背後につめたい視線を感じたけれど、かまわずずんずん進んだ。
「殺されてしまうところだった」
「警備タイプでした」ミーアは首を捻っていった。
まだ出会って二日も経っていないけれど、目に見えてミーアは人間らしくなってきていた。一晩の間、記憶海岸の浜辺で僕の記憶に接触しつづけたことが影響しているのかもしれない。そんなことは何でもないのかもしれない。
「何か気になるのか?」
「少しだけ」ミーアは眉をひそめた。「警備タイプのロボットには、子供の型はないはずだと」
「ここは特殊なんじゃないかな。なにせ子供しか入れさせてもらえないみたいだしね。子供の楽園だ」
「そうかもしれません」ミーアはいった。
僕はあたりの施設的なものや遊具的なものを見回した。近くにあった四つん這いの態勢をしている動物らしきものの遊具を触ってみた。表面に触れただけで細かい砂のような粒子が崩れてさらさらと落ちた。落ちた微粒子は戸惑うことなくなめらかな軌道をえがいて床に吸収されていった。どういう風に形容してみればいいのかさっぱりだったけれど、みんな非の打ちどころのないデザインをしていて魅力的だった。もう一歩踏み込んでしまえば恐怖に変容してしまう、そういう類いの美しさだった。底抜けに美しくて、脆い。ある種の宝石の特性によく似ている。
「だとすると」ミーアはだしぬけにいった。「われわれは子供ではないのですが」
「外見の上ではまあ子供ではないね。内面は別にしても」
びりびり、と強い音が遠く後方から聞こえた。その音量がしだいに逓増してきたかと思ったのもつかの間、僕たちは、びりびり、という明らかな刺激音に四方を囲まれていた。自然に歩みを止めていた僕とミーアだったが、電流の走る物騒な音が苔入りのアゲートみたいな床をつたって地上に実体化するのを目撃した。実体化した
「ペット、という存在をご存知ですかな?」
藪から棒に、ひとりの子供が厳かな口ぶりでいった。子供たちは全員同じ顔をしていて、背丈も恰好も同じだったから、はじめどの子供が声を出したのか識別できなかったが、どうやら僕たちのちょうど目の前にいる子供が話をしているようだった。
「なんと淋しき存在! なんと宿命的な存在!」
その子供の口が動いたから、やはりその子供が話しかけてきたみたいだった。気づけばその子供は手にリードのような縄を提げている。リードの先には砂色をした犬と猫の中間みたいな四本足の何かがつながれている。僕とミーアは手をしっかりつないで、いつでも隙あらば逃げられるよう身構えた。ミーアの手からは温度が感じられなかった。それはミーアにしても同じことだ。
「ペットとは、生まれながらにして悲劇なのだ! 搾取され、同情され、限りない愛を一身に受ける、アンビバレントな悲劇! たとえ目が見えなくなっても、耳が聞こえなくなっても、変わらず無条件に生きつづけなければならない! 自死はゆるされない!」
子供の声は風圧をともなうほど大きくなったあと、萎むように小さくなっていった。
「しかし、それはわたしたちとて同様のありさまなのだ。わたしたちは二重だ。子供であり、ロボットである。二重の淋しき存在。…………せめてあなたがたの記憶にだけでも」
そういい残すと、今まで話していた先頭の子供の全身がうねうねと波打ち、次の瞬間ろくろの上でこねられる陶器のごとく筒状に溶けていった。砂が舞い上がり、床の苔模様が蛇のように動き出した。
「逃げよう!」
僕はミーアの手を引き、駆け出した。来た方とは逆の方向に入り口と同じようなドアがあるのが見えていた。そのドアを目掛けて走った。子供たちの溶解現象は、動物をつれた子供を中心として放射状に伝染していっていた。僕とミーアはその伝染とほとんど等しい速度で走っていった。びりびり、という音と、シュホー、という風穴から聞こえるような音が重なって聞こえていた。僕は力を込めてミーアの手を握りなおした。ミーアも握り返してきたかもしれなかった。僕たちはひたすら走った。
ドアは把手が地面に落っこちていたから、体当たりで突っ込んだ。思いのほか簡単に突き破ることができたため、僕もミーアも勢い余ってドアとともに倒れこんだ。
「お楽しみいただけましたか?」カウンターからにこやかな声が聞こえた。
「まったくね」僕は無い汗をぬぐって、いった。