「もんのすごい音」とオランウータンというオランウータンではない魔法少女志願のオランウータンが言った。
僕は瀕死の状態にありつつ、けれどもそこで天才的にある異和感のようなものを感じとった。もんのすごい音、だって?
それは違う。
それは違うのではないかな? と思った。
「もいっかい言ってみてくれ。いま言ったやつ」
オランウータンは首をちょこと傾げて言った。
「もんのすごい音」
いや、違う。そうじゃないんだ。考えるんだ僕。これはどういうことがどういうことにどういうことをあたえていたりはたらきかけていたりしているのか見きわめなければならないぞ。ええとええと…………
僕はひらめいた。
「あのさ、もしも面倒でなければという話なんですが、僕がこの場に、いやいや、もうこの世界に存在しないぜばかやろう!、というていで、申し訳ないんですが、もういちどさっきの言葉を言ってくれませんかね?」
オランウータンはひとつ跳ねて着地し、言った。
「ダゴゴダゴゴ」
「ほれみろ! こういうことだったんだ!」と僕は叫びだしたが、急にやっぱり怖くなってしまい爆速で膨張した興奮も破けた風船のごとくものすごい勢いでしぼんでいった。
「おわかりになったようで、なによりですよ」
鼻をほじるとオランウータンは言った。
「そう、あなたは魔法の素質がある。だからこうしてわたくしの言葉を解することができるし、そうですね、解することができます。そういうことなんですよ」
「でもさ」と僕は言った。「ダゴゴダゴゴにかんしては、それがもんのすごい音を意味するということが最初から理解することができなかったんだけど……」
「それはもちろん、ダゴゴダゴゴのもつ言葉のパワーが大きすぎたからですよ。しょうがないんです。たとえ、かの大江健三郎でもこれを解き明かすためにはざっと六・二秒ほどかかることでしょう」
「なるほど」と僕は呻いた。
「ああそうか、だから僕に魔法少女になりたいなんて頼んだりしたんだ」
「そうです。そのとおりですよ、あなた」
オランウータンは期待に鼻をふくらませて、ずいと僕にすり寄った。
「さあ! わたくしを魔法少女にしてくださいよ! 理由なんてものはこのさいもうどうでもいいんです! さあ! 思うがままに!」
「あのさ、わるいんですけど」僕は頭を掻いた。「魔法少女って、ところで何?」
「ダゴゴダゴゴ」とオランウータンは怒りと失望の混在した可笑しな顔で言った。
「ほんとごめんよ、だってわからないんだから、素質があるとかなんとか知らんけど、わからないものはわからないんだよなあ。あ、そういえばさ、きみが最初に言った、ピョンピョン、ってやつ、なんでそれは僕に理解できるように変換(?)されなかったのかな? 気になってしまって」
「ピョンピョン」とオランウータンは憮然と言い残し、家並みの庭木の奥へとピョンピョン跳び去っていった。
もうイルカは空を泳いではいなかった。