第五話 マグナ=カルタ(大憲章)はお求めに


 気がつくと『さかなクン』はイトーヨーカ堂の「中華材料」コーナーの「きくらげ」売り場に突っ立っていることに気づいた。ずいぶんと遠くまで来てしまったような気もした。かれはキョロキョロとあたりを見回した。ふつうのイトーヨーカ堂だ。

 なんだなんだ。もんのすごい音がしたからもんのすごいことになってるんじゃねえかと予想してたが、なんにもおかしくなってねえな。まったく、驚かせやがって。

さかなクン』は気を取り直してイトーヨーカ堂店内を自発的に歩き始めた。そう、かれはコカ・コーラを手に入れようとわざわざイトーヨーカ堂までやって来たのだ。レジへ行き、店を出れば、ようやくだ。ようやく、待望のコカ・コーラにおもう存分ありつけるのだ。

さかなクン』の手からコカ・コーラはなくなっていた。

 コカ・コーラがねえ! と『さかなクン』は驚愕して顎が左に傾いてうろたえた。おれのコカ・コーラがねえぞ!

さかなクン』は急いで飲料売り場に舞いもどり、コカ・コーラの在庫を求めた。しかし、なんということだろう。在庫はおろか、そもそも陳列されていず、その形跡や気配は微塵もなかった。コカ・コーラ、この世を去る。『さかなクン』の脳裡を世界の終末風景が目まぐるしく通り過ぎて行った。突然のことに『さかなクン』はすべてがどうでもよくなってしまって、すべてがどうでもいいというような顔の頬の上をふたすじの涙がつたっていった。

 若い女の販売員が通りかかった。悄然と涙を流していた『さかなクン』はかの女の腕をガシリと捕まえた。コカ・コーラの在処を訊き出さねばならない。するとその女販売員は動転することなくいたって冷静な口調で、『さかなクン』に向けこう言った。

 

「お客さま、マグナ=カルタ(大憲章)はお求めになりましたか?」

 

 ああ、もうどうでもいいや、と『さかなクン』は諦めることにした。マグナ=カルタ(大憲章)(かの女はたしかにこう言ったのだ、『マグナ、カルタ、かっこ、大憲章だいけんしょう、かっことじる』、と!)が売り物になっていることも、これがいちばん重要なことだが、コカ・コーラが買えないということも、すべてを諦め、すべてを受け入れることにした。

さかなクン』は心安らかに、販売員に訊いた。

「マグナ=カルタ(大憲章)ってのは、どこに置いてますかね?」

 販売員は侮蔑の表情を浮かべ、フッと笑い去った。

さかなクン』はすっかり意気消沈してしまった。もうだめだ、とつるつるに磨かれた床にへたと座りこんで思った。ここは何処なんだ? おれはいったい何をしているんだ? おれは結局何がしたかったんだっけ? おれはいったい何をしているんだ? ここは何処なんだ?

 

 イトーヨーカ堂とは違うイトーヨーカ堂に『さかなクン』は飛ばされて来ていたのだが、かれは途方に暮れてしまっているからそれに気づくことはない。加えて、コカ・コーラの他にもうひとつ、あるものが消えてしまっていることにも。