白の街

§白の街

 

 

 この街は全てが白い。

 窓外に見渡す景色は、春霞に支配された王国のような白さだ。家並みの外壁は並べて白塗りで、往来を行く人々はみな白い残像を振りまいている。街道の敷石は鈍く白が浮かび、街灯のポールも白い。夕方の時分時になると一斉に点くその灯も、白熱灯よりもいくらか白が強い。

 さまざまな種類の白がこの街にはある。少し暗めの白や、濁った白。ギザギザの白、とかいうものも中にはあった。ただ、無数の白がこの街にはあるが、それぞれに固有の名はない。白は白なのだ。人々は見た目や手触りからそれらを容易に判別したので、とりたてて名前は必要なかった。

 

 しだいに空に薄暮の兆しが染まり始め、人々は各々帰路に歩を進める。薄桃色の残光が白の雑踏の合間から覗く低空に迫り上がっている。

 空の中にだけ色がある、と少年は思う。

「白は白だ」と人々は言う。

 白は色じゃないんだ、と少年は心の中で反芻する。概念としての白の掟は、少年から徐々に色を奪いつつある。

 

 

 

 

§ふたたび、白の街

 

 

 この街はあらゆる色彩そのものだ。

 窓外に見渡す景色は、春が隊列を組み、今しがたこの街に入城してきたばかりという趣で満ちみちている。家並みの外壁は麗々しい極彩色のべた塗りで、無数の色の玉砂利が敷かれた小道の脇には色とりどりの花々が青い芝生の上を覆っている。往来を行く人々はみな頬を仄赤く染め、黄色いブーツを鳴らしながら歩いている。

 この街の人々にとって、色とは無限の象徴であり、したがって個々の色を区別する名前、すなわち記号を必要としない。色に恣意や特別といったものは介在せず、というプラトン的観念がそのままの様相で地上に現出しているのだ。

 

 一人の少女(もちろん無数の色すべてをその身に持っている)は、毎日欠かさず日の入り間際の数秒間、ある螺旋状の塔を眺める。その塔は部屋の窓から見える小高い丘の上にただ一つだけ佇んでいる。

 少女はこう思う、この街であの塔にだけがないのは、どうしてだろう?

 

 日はあっという間に地平線の先に沈み、徐々に夜とともに闇が街で勢力を拡げていく。あらゆる色が暗闇に吸い取られていくのを見つめながら、少女はその色のない螺旋状の塔に、どこか惹かれていく自分を感じている。

 

 

 

 

⁂そして

 

 

 白の掟は一人の少年を、色のない螺旋の塔は一人の少女を、どこにでもあって、故にどこにもない街に、今まさにこの瞬間にもその身体を存在せしめている。

 少年、そして少女が存在しているそれぞれの街という枠組みは勿論全くの別ものである、などと言うことは恐らくできないであろう。また、一人の少年と一人の少女が互いの存在を、そして互いの意識の糸をどんな形にせよ交錯させる機会は決して訪れはしない、などと言うことも。

 今日も少年は薄暮の空を見上げ、少女は夜気に紛れる螺旋状の塔に思いをはせるだろう。今日も、そして明日も、彼らはきっとそうすることだろう。