眺めているうちに、わかるにつれて、おいおいお話しするつもりですが、謎のままであるべきことは、そのままにしておくしかありません。
────ジュール・シュペルヴィエル『海に住む少女』
そしてその電子ピアノを前に茫然としていたとき、じわりじわりと逃げ場のない恐怖が僕の心に押し寄せてきた。
というのも、その夢は「電子ピアノ」と「僕」の二者だけで成立している見かけも空気も平板な世界で、他のあらゆる物質的なモノは僕の夢の思考世界には存在していなかった。
というのも、その夢は「電子ピアノ」と「僕」の二者だけで成立している見かけも空気も平板な世界で、他のあらゆる物質的なモノは僕の夢の思考世界には存在していなかった。
というか、そもそも「世界」というある意味限定的な観念がその夢に根ざしていたのかどうかも、今思い返してみると怪しいものだ。
「電子ピアノ」と「僕」だけが存在し得るその「どこか」では、僕はピアノが弾けない というただ一つの事実がその「どこか」を致命的に支配していた。
「電子ピアノ」と「僕」だけが存在し得るその「どこか」では、
僕はそれ以外の事実に基づく行為や思考が一切許されておらず(自分の夢であるのにもかかわらずだ)、空虚の奔流に呑みこまれ、出入口のないつるりと不気味な建物の中に閉じこめられてしまったような恐怖を感じた。
物事には必ず入口と出口がなくてはならない 、と電子ピアノが「ミ」の音の連続で言い、その夢はぷつりと終わる。
物事には必ず入口と出口がなくてはならない 、と電子ピアノが「ミ」の音の連続で言い、その夢はぷつりと終わる。
僕の耳の奥では「ミ」の音がしばらくの間放射し、鈍く鳴り続けている。