スマホが失せただけの話


マホが失せた。電車で。

どこで無くしたか、どうやって東急に電話するか、番号、わからない、信号待ちをしている、日吉駅前の大きい横断歩道、スマホ無しでは始まらない生活、すべてはスマホから始まる生活。

無くしたというか消えた、忽然と姿を消したという感じ。なぜポケットからはみ出て落ちたのか、コートの右ポケットに入れてたんだけど、そういえば手ぶくろも入れてたからあふれ出たのか。あぶく。うーむ。

これは自分で自分に驚くというかそうなのかと思っていることなのだが、動揺がほとんど無いと言っていいくらい無い。スマホから解放された、むしろ安堵に近いプラスの心地がわき上がってくるというかわき上がっている。このまま無くてもいいかな。授業で先生に質問を指されたら「ちょっとスマホを電車で無くしてしまって・・・・・・」と狼狽のフリをしてみようか、「わかりません。」なんてことすら考える余裕っぷり。でもやっぱり面倒くさい気持ちの方が大きいかもしれない。

4限の英語の授業を終えて日吉駅に紛失物がないかを確認しに行く。どの電車で、機種、契約会社、色。問い合わせている。東急東横ネットワークに。中目黒で見つかった。電話番号を聞かれる。本当に俺のものかを確認するためだ。鳴ったらしい、照合完了。俺のだった。ありがとう、よかったです。駅員さん二人はとても親切で安心するというか落ち着く。どっちも細身の眼鏡をかけている。名前を聞かれた。お名前は。○△です、○に△。身分証などはお持ちですか? はい、僕は出そうとする、しかし、中目黒で出せばいいらしい。おっけ。

楽しい体験をしてしまった。ふつうこれは楽しいものではないのだろうか? ともかく見つかってよかった、よかったと確かに思っている。見つかって、よい。いま中目黒に向かって電車に揺られている。各駅停車。そういう気分なのだ。

スマホは失せた。自発的に、俺のことを慮って。スマホを持たない生活を俺に提示しようと。それも悪くないんじゃない?と。何でもスマホの小さなスクリーンで見た気になってんじゃない?と。それで起こる満足は必要かい?と。俺が無くしたんじゃない。スマホは失せたのだ。

だけど俺はそいつを取りに向かう。中目黒へ。各駅停車の東急東横線に乗って。東急東横ネットワークを使って。いま祐天寺。知らない駅。発車。

この話にどうオチを付けようかうんうん唸っていたら、電車は空いている、午後4時半、「間もなく、渋谷、渋谷」? 待て待て、こっちの方は滅多にこないけど路線図というか駅の横並び図で中目黒は渋谷より先ではないことは知ってる。というかそっちはもう副都心線だ。だけど確たる自信は持てない、なぜならスマホでサクっと調べられないから。いまスマホは無い。「お忘れ物の無いようご注意・・・・・・」やれやれ。俺はスマホを取り戻しに引き返すため、いったん渋谷で降りることにする。