すべて隣り合うものは狩りのために

 

 魔法みたいなものなのだと思う。
 放出、放出したいなア! モゾモゾ! このモゾモゾ!
 最初の男、《放出男》は、そう叫んだと言われている。

 

     *

 

 僕が知る限り、”ふり”の流行はそのころから始まった。
 人々は、多種多様な”ふり”を、様々な仕方でした。
 記号的な”ふり”から社会構造的な”ふり”まで、それらはみずから自由自在に形を変化させることで流行りの引き潮を生み、示し合わせたかのように一気にはじけることとなった。それは、休み時間のチャイムを合図に一斉に教室を駆け出していく無邪気な子供たちの動きを彷彿とさせる。
 多くの人々の”ふり”の、その潜在性の更新はもはやとどまるところを知らなかった。それは驚くべきスピードで起こった。
 けれど、われわれの生活や存在基盤に支障をきたすといったことは、今のところほとんどない。あくまでそれは流行であって、時勢のスタンダードからはみ出して起こることはないという流行の根本に沿っている。と、僕としてはそう考える。
 あるいは、ただ単にそれは修正力の問題なのかもしれない。
 このあいだ、キオスクで買い物途中に流し見た新聞記事の見出しに、『フィクションにおける放尿』と見えたような気がした。
 それも”ふり”のためなのだろうか?
 ただの見間違いだったかもしれないし、本当にそう書いてあったのだとしても、それはそれで些細なことでないかという気もする。それもこれも”ふり”なのだとしたら、どれもこれも逆説的に、やはりそうなのだろうとも思う。

 

    *

 

 僕は自販機にやって来ていた。いつもの自販機のすぐ横で、女の子がしゃがんでいる。すると唐突に、
「これ、嘘つくよ」
 と女の子はむきになった感じで言った。
 伊藤園の白いボディは、潔白といった佇まいで冷却装置を震わせていた。しょうがないから、僕は自分のぶんのレモンスカッシュと、少し悩んで女の子のぶんのレモンスカッシュも買う。ゴトリ、ゴトリ……
 どうしようか悩んだ末、こんばんは、と僕は女の子に言う。
 レモンスカッシュをわたそうとするも、女の子はいらないというふうに首を振る。夜もだいぶ遅いからかもしれない、歯磨きをちゃんとする子なのだろう。ちなみに僕もそうである。毎晩かかさないし、このレモンスカッシュを飲み干したあともする予定である。おそろしくねばついた口の中を、朝になってうじうじと後悔するのが嫌いなのだ。
 あいかわらず僕は女の子に見つめられている。
「あんた、《愛情の表現》でしょ」
 そうなのである。僕は《愛情の表現》なのである。すっかり忘れていたつもりでも、やはり僕は《愛情の表現》なのだ。
 そうして僕らは同棲を始めた。

 女の子は十六歳で、《それは夢だった》と呼ばれていたことがあるらしかった。
 僕は《愛情の表現》で、彼女は《それは夢だった》だから、彼女は僕のことをアイくんと呼び、僕は彼女のことをユメちゃんと呼ぼうとしたのだが、彼女はそれはイヤだということで、じゃあなんて呼べばいいの?《それは夢だった》じゃ呼びづらいよと笑いながら文句をつけると、志乃でいい、と言った。
 志乃というのが、彼女の名前だった。
 志乃は僕の妹になった。
 僕は僕の名前がしっくりときたことがなかったから、アイくんだった。
 いいじゃん、と志乃はうんうん肯いていた。

 志乃は《それは夢だった》と呼ばれることになった原因を教えてくれなかったけれど、どうして僕の妹になったのかは教えてくれた。
「お母さんとケンカしたの。お父さんが家のローンを払わなくて借金しててわたしが生まれる前から付き合ってたおばさんと毎週日曜日に会ってたことが、お母さんをちょっとおかしくしちゃった、というか、おかしくさせてきたんだ。かわいそうっちゃかわいそうだけど、それは本人にも責任があるでしょ? だからね、出てきたの」
「なんでお母さんとケンカしたの?」
「今ので全部だけど、わかんない?」
「わかんないけど、いいや」と僕は言った。
「妹になったのはね、わたしは妹的なの、いろいろと。そう思うの。本質的に妹的なの。だからね、お兄ちゃんかお姉ちゃんがいないと、自分が自分としてしっくりこないというか、あてはまりが悪いんだよね。そういうこと。わかった?」
 わからなかったし、それは半分嘘だった。
 志乃は、兄とのセックスでしか幸せになれない女の子だった。
 セックスの最中は、志乃は僕のことを《パパ》と呼んだ。
 僕は志乃に耳元で《パパ》とささやかれながら、童貞を失くした。
 僕は目を閉じている志乃にのっかられながら、黙って志乃の前髪の揺れを眺め、射精する。志乃の揺れにあわせて、長く、長く。それでも志乃の腰は上下の運動を止めず、僕は泥のぬかるみのようにおもく混濁した意識で、もうほんとうに耐えられないというところまで耐える。
「志乃、もう出ないよ!」
「うん、いつもありがとう、アイくん」
 たぶんセックスじゃなくてもいいのだろうけれど、志乃も僕もそれ以外の表現方法について、知識や教養をもたない。

 

     *

 

 僕がまだインターネットに頼りきりだったころ、隣りの二〇三号室のドアを二人組の黒スーツがボカボカ殴っていた。アパートを取り囲んでカメラを構えている色とりどりの腕章をした取材班を押し退け、ようやく部屋の前までたどりついたところだった。
 そういえば、額が水に濡れていてちょっと不機嫌だった。不機嫌だったのは何故かびちょびちょに濡れていたひときわ図体の大きい取材班のつける腕章に額を舐められたからではなく、その日の午後、とある新聞社が募集する仕事の面接に落ちたからだった。
 髪の長さが気に入らないようだった。
「死んだカラスにしか見えないね」
「でも、前髪はちゃんと切って」
「それでやっと、誤植だらけの株価面といったところだ。苦情が殺到してそこの電話線が切れる」
 担当者は窓の外を指差した。
 僕は床屋に入るのがこわかったから、担当者に頭を何度も下げてお願いした。

 僕「ン゛ン゛ッ、エー(魔法のステッキを振りかざして)、汝のあるべき姿に戻れ!」
 担当者「うわ~~~~~~(大きく仰け反ってみせ、すぐにキョトンと居直る)」

 担当者は、仕事の内容と報酬についてかんたんに説明してから、床屋に行きなね、と言った。僕は小さなコラムを担当することになった。
”ふり”の欠点のひとつは、恐怖に対してなす術がないところである。
 二〇三号室の彼は絶世の美青年だった。それでいて嫌味な感じもなく、僕は以前からお近づきになりたいと思っていたのだけれど、ルックスの良さというのはある種の威圧を振りまくもので、そういう機会はなかなか巡ってこなかった。
 二〇三号室はいつも物音ひとつしなくて不思議だ。
 黒スーツは二〇三号室のドアを叩き続ける。
 僕はおそるおそる声を掛ける。
「どうしたもこうしたもないぜ。もうネタはあがってんの。なあ! おとといの晩、この部屋電気消えてたんだよなあ⁉」
 黒スーツが振り返ると、取材班はいっせいに同意を表明した。
「彼、おとといの夜なら僕の部屋に居ましたよ」と、僕は二〇三号室を指差してでたらめを言った。
「証拠は」
「そんなものない」
 ぶん殴られたと分かり、脳味噌が飛び出すかのような衝撃が後からぐんときて、転落防止のアルミ柵に叩きつけられ硬く砂利塗れで汚い廊下にくずれ落ちた。瞬間的に身体の全部が酷い関節痛のようなこわばりを帯び、ざらざらとした床面を頬骨でこすると殴られた左耳の裏でほんとうの痛みが再出現した。おくれてじんわりと涙が出てくる。
「彼っつったな、お隣さんは男か?」
「そんなことも知らないで、クソ! 死ね!」
 死ねの言葉に、二人組は一瞬ひるんだかのように見える。
 僕はうめきながら、怒りと恥ずかしさと痛みが発作的で理不尽ないきおいで駆け上がってくるのを感じた。おれがやらなくちゃいけない、おれはこのクソみたいに野蛮で醜い男たちをどっかにやるんだと、名前も知らない二〇三号室の彼とそして自分自身のために思う。
 同時に、わかりやすい痛みだとも考える。なんてわかりやすいのだろうと、僕は考えている。柵越しに取材班の頭がひとかたまりに見え、それがどうにも異様で、カメラを向けられているのだとわかる。
「おとといふたりで何やってたのよ、お隣さん?」と、ドアも僕も殴っていない方の男がつまらなさそうに訊いてくる。
 二〇三号室はいつも物音ひとつしない。
「抱き合ってたんですよ。ふたりで。ハグですよハグ。おれの部屋も暗くなってたでしょ? え、知らない? みなさんもご存じない? あ、そう。まあそう、部屋が暗いからってそこに誰もいないなんて決めつけちゃうのはわからないな、そういう話じゃないのかもしれないけど。でもね、暗くたって、むしろ暗い方がやりやすいことだってあるんですよ。何、ってそれは、え、話してたの聞いてました?」
 黒スーツたちはしばらく黙っていた。
 つまらなそうにしていた方が階段を下りていった。
「これやるよ」と、殴り癖のあるらしい方の男が青黒いカードケースのようなものを僕の前に放って寄越した。拾ってみて中を開けると、どう傾けても偽物めいて光る金色のエンブレムの上に、POLICEの刻印が入っていた。

 その日を境にして、額に砂つぶをつけた僕がひざまずいて喋っている動画や字幕付きの画像がインターネットで拡散され出し、僕はどういうわけか《愛情の表現》としてまだ見ぬ数多くの人々に愛されるようになった。
 志乃もそのひとりだった。
 初めの数日こそ、それこそ迷子の飼い猫を探すようにしてそれにまつわる様々な動きを追ったけれど、やがてすべてにめげた。そして、インターネット自体を必要がなければ意識して見ないようになった。

 

     *

 

 僕が書くコラムは、毎週土曜日の夕刊に載っている。毎週末の締め切りもちゃんと守る。鳴かず飛ばずのくだらない枠だけれど、なんとかちゃんと続けることができている。もう半ばベテランといってもよさそうなものだが、誰がこんなもの読むのだろうとまではならないけれど、書いている僕にさえそれはどんな記事よりもひときわ小さくちぢこまっているように見える。
 少なくとも、僕の上司には読まれずに印刷されているらしいことは確かだ。

「子どものコツメカワウソが獣医の女性に抱えられて、キュイェーキュイェーと鳴いている動画がSNSを中心に話題となっているようだ。そのさまは、愛くるしい小さなケモノといった感じで、私としても微笑ましかった。キュイェーキュイェーと鳴いては獣医さんの指を軽く噛み、キュイェーキュイェーと鳴いてまた指を噛む。なるほど可愛らしいが、カワウソはどうしてそんなにも、じたばたと喚くほど鳴くのだろう。甘えたいのだろうか、それとも何ものかにひどく怯えているのだろうか? 悲しいのだろうか? はたまた笑いころげているのだろうか? おなかが空いているのだろうか? それはどれも正しく、またどれも正しくないのだろう、と私は思う。それはわれわれの認識が決めることなのだから。余談だが、動画の終盤、興の乗った獣医さん自らカワウソの歯と歯の狭い隙間に指を挿し入れキュイェーとなっていたのはどことなく強姦を喚起する。
 挿し入れるといえば、鍵について少し。みなさん、鍵はお掛けになるだろうか。何を当然と思われる向きは、ここから先は無視してもらって構わない。……というのも、ある思想を掲げる集団のあいだで、鍵は鍵穴に挿しっぱなしにしておくのが正しいのだという主張がおこっている。実際、少なからずそうした運動が街中で発生しているらしいのだ。もちろん、空き巣や盗難といった被害を受けやすくしているのだが、それはあくまで結果的事象であると見なし、通報等の訴えは行なわないことが常であるらしい。ひとくちに思想といってもその種類は多岐にわたっており、それらがおおむね哲学的であるというのは想像に難くないだろう。ひとつ、かろうじて理解がし易いものを挙げるとすれば、鍵というよりも鍵穴にずっと寄りそったもの、鍵穴こそが鍵を支えているのだ、という種の傾向である。しかしながら、なぜそうした信念が、鍵を挿しっぱなしにする、という行為につながるのか、私自身そのこたえに至ってはいない。また、目的と手段のいびつな反転、というのもあるが、私などには手に負えない観念である。さておき、鍵と鍵穴というのはふたつでひとつである、というのが私の見解であるとは述べておこうと思う。」

 僕のノートPCを勝手に使っている志乃は、知らぬ間にインターネットに接続している。スマホは家に置いてきてしまったらしい。この部屋にインターネットが通っているというのはずいぶんと久しぶりだった。
「いちばん安いプロバイダーにしたから!」
 とのことだった。よく契約できたね、と僕が驚いていると、
「だって妹だし。できて当然でしょ」と言った。
 いやでもさすがに、と言いかけてから、持っている三つすべての印鑑で試しても印鑑相違で返ってきてしまった電気料金の口座引落申請書が、先日志乃の印鑑で送ったところ通ってしまったことを思い出して、そういえばそうだったと思って何も言えなかった。僕はそういうことをもうやらなくなっていたので、うっかりしていたのだった。
 そういうのはもうやめたんだった。
 先週掲載されたコラムのカワウソの動画も、志乃が再生していたのを覗き見、それがSNSで話題になり数日遅れで各種メディアに載ったのである。志乃が言うには、
「このウソちゃん、間違いなく恋してるよ。わたしにはわかるね。これは恋をしてる人の、人?動物?生物?、まあそういうのの顔」
「まだちっちゃい子どもじゃん」
「え? アイくんそれどういう意味?」
 僕は弁明する。
「いや、子どもだし恋なんて、って思ったけど、全然そんなことないし、おれそういうつまらないこと反射的に口に出ちゃうし出した直後にあ、今思ってもないこと言ったなって思う。できれば、カワウソってどんなふうに恋をするの?とか獣医さんに恋しちゃう動物ってなんか共感できるなあとかが言いたかった」
「そうかもね」と志乃は言った。
「でもね、獣医さんに恋してるんじゃないよ」
「うん?」
「だれだと思う?」
 沈黙。
ハリネズミは夕暮れ時、たいていおなかを空かせています」と、志乃が言った。
 なにそれ、と助けられたような心地で僕は訊く。
 志乃は僕のノートPCをぱたんと閉じる。
 スーパーで夕飯の材料を買って帰りながら、底が抜けたような幸福感に襲われる。志乃、志乃が来てくれてよかったと、前を歩く志乃の小さな背中をたよりに、心の底から思う。もう今後いっさいこんな関係をもつような人間に出会えないだろうとさえ思う。
そして、こわくなる。彼女が僕の妹であるということが、何かにだまされているような、全部間違いであるように感じる。吹けば飛んでいってしまうような、むらの極端に少ないこの幸せが、僕はこわい。
側溝の蓋に沿って歩く志乃に、赤ワインを目いっぱい呷った後のような夕陽が当たり地面に影をつくっていた。つるんとした影。妹としての影。僕の足下からも細長い影がのびていて、電柱や車やカーブミラーや地面の窪みにも影がある。光がなければ影もないのなら、影は影自身のことをどのようにして受け止めているのだろう。志乃の影は志乃のものなんだろうか。僕の影は僕のものなんだろうか。
やがて僕の影も志乃の影も街路の巨大な影に吸い込まれ、消える。暗闇はときにずけずけと喋りかけてくるけれど、影は自分から喋ることがないからわからない。

 志乃は馬鹿みたいにたくさん食べる。
 まるで漫画みたいだ。
「漫画的三角食べ」
 と志乃は言って、野菜たっぷりつくねを口いっぱいにほおばる。

 歯磨きをして、志乃がマットレスに入ってくる。
 今日は愛し合わない日だった。
 僕が、二日つづけて射精すると、具合が悪くなってしまうからだ。
 ニトリで買った折りたためるマットレスは、もうだいぶくたびれていて、ふたりで並んで横になるだけでころりところがり落ちそうになる。僕らはひとつの枕に頭をのせて、かわりに慣性の法則について話す。
 ――わたしたち、このまま動こうとしなかったら、ずっと動けないままなのかな。
 ――ん?
 ――ずっとこのまま、こうやって寝そべってるの。どう?
 ――慣性ってそういうのだっけ。
 ――夢精ってしたことある?
 ――え? まあ、いっぱいある。尿道痛があるときなんか泣きながら起きてた。
 ――フフ、慣性の法則を守ってくださ~い。
 ――それは、どうにもならないよう。
 ――あ、ああ~、アイくん勃起しないでくださ~い。
 ――志乃の手が運動してるから。
 志乃は僕の硬くなったペニスを握ったまま、すやすやと寝息をたてている。なんだかサイドブレーキみたいだな、とよくわからないことを思う。この棒は、なかなか発進することのできない僕らのサイドブレーキなのだ……
 志乃の手を目の前にもってきて、拳の関節をひとつひとつ慎重に転がしていく。前歯が大きくて口が半開きになってしまう寝顔は、どことなく僕に似ているところがあった。僕はそっと唇を閉じてあげる。
 いつの間にか僕も眠っていた。

 

     *

 

 二〇三号室の美青年が僕の部屋を訪ねてきたとき、僕はコラム執筆の仕事を諦めようかと半ばやけになって悩んでいるところだった。
 僕は断片を見つけるのが苦手だった。
 断片というのはそこらじゅうに落っこちているはずなのだ。それらを見繕いひろい集めて、てきとうな文章にまとめ上げればいいはずなのだ。それができない。用意された断片をまあこれくらいでいいだろうという具合に調和させることはなんでもない。問題は、用意された断片には色つやが全くないということである。人々が求めるのはその色つやであり、光の姿を何か別のものに変えてしまうステンドグラスのような文章なのだ。
 僕は助けを求めて本棚に駆け寄った。もう久しく物置としてしか使っていない本棚だが、本は三冊あった。『統計学入門』『ポケット六法』『破瓜しに、と彼女は言う(ラブレス💔ノベルス)』。
 深いため息がこみ上げてくる。

 彼が言うには、警官もどきがドアを叩いている間、部屋にこもって時が過ぎるのを待っていたそうだ。結果的に男たちを追いはらうことになった僕に、彼はどこかきまり悪そうに礼を言った。
「ごめんなさい。どうしても出ちゃいけなかったんです」と彼は言った。
 驚くべきことに、彼は僕より三つも年上だった。
 とりあえず部屋にあげ話をしているうちに、彼を美青年という枠に収めて大切にしていたり、勝手に僕の部屋で抱き合っていたことにしていたり、という彼に対して抱いていたもろもろすべてが一度に消えたけれど、それはそれで悪い感じはしなかった。それが人を知るということであり、お互いの関係を進めていくために欠かせないステップであるような、そんな気がした。
 一目惚れではないけれど、どうしても親しくなりたい、親しくならなければならないと、その人を一目見ただけで確信することがある。それは性別の枠を越えて、ほとんど盲目的にやってくる。それは打算的でも、ましてや性欲のせいでもない。そういうときにだけ、人間の本能というものを僕は意識の表層につかまえる。
 次の日も彼は来た。僕が呼んだのだ。
 彼はなんというか、すこし変な人間だった。そしてよく喋った。長距離走をなんとか苦労してゴールしたばかりのような、感情と動作がちぐはぐな感じを常に隠すようにして話を切り出すのだった。
 彼は美容師をしていたことがあると言って、自分の部屋からシザーバッグを持ってきた。三人も並べば身動きがとれなくなってしまうほど狭いベランダに、コラムの参考になるようにと買い揃えたはいいもののそのまま放っていた新聞紙を広げて、彼はスツールに座った僕の長すぎる髪の毛に鋏を入れ始めた。
 僕らはすっかり親密だった。襟足が徐々に短くなっていくことで、それがわかった。
「汚い髪だな」と彼は言った。
 僕はおかしくてたまらず笑った。
 笑いごとじゃない、と言いつつ彼もまた笑って、僕の耳を間違って切り落としそうで僕は前かがみになって逃げた。
 彼はある男を殺すことに決めたと話してくれた。
「どうやって殺すの」
「殺し方なんてなんでもいいんだ。重要なのは、確実にそいつが死んだんだと納得できるようにすることだよ。きみならわかってくれそうだな。この、この感じをさ。もちろん殺しはりっぱな犯罪だし、殺されたほうはもちろん、殺したほうにも死と同質の何かがもたらされるんだろう。おれはこういう考え方が全然好きじゃない。むしろ大嫌いだよ。でも、でも?でもじゃない。だからこそ、やるのさ。やってみないとわからないってのもそうだけど、ああおれはやるんだな、とただそう思うわけ。どうやってとかどうしてとかいろいろ考えはしたけど、結局のところ、やるって決めたらそうするのがいいんだ」
「それってこの前のやつと関係あるの?」
 彼は僕の前髪をととのえながら、むッ、とゲップをした。

 僕は初めての原稿を担当者にメールし、それが一言一句違わず紙面に掲載されると、そのあっけなさに拍子抜けしてしまった。僕は純粋に僕が感じていることを書き起こし、その作業はいつしか定型化され、驚くほどスムーズになった。
 それは彼がいなくなってからも変わらないままだ。
 彼とは毎晩のように抱き合った。部屋を暗くするがマットレスに寝そべるこそはしないで、立ったままか床に座って胸と胸を重ねるのだった。行き場のない淋しさを紛らわすためでもなければ、人肌が恋しいというわけでもなく、それは僕と彼の確認作業のようなものだった。手を握ることもあれば、額と鼻先をくっつけることもあった。どちらかがそれを望めば、どちらかがそれに合わせて動きを変えた。ときどき彼は静かに泣いていて、そういうときには僕も悲しい気持ちになった。
 ある夜更け、彼は涙を流しながら、おれは”ふり”を止める、と力なく呟いた。
 僕は最初何を言っているのかわからなかった。なぜなら、”ふり”というのは、僕が個人的に流行をそういう言葉で呼んでいたからだった。
 僕がもしやと思って訊くと、
「うん、それだよ」と彼は短く言った。
「”ふり”は便利だ。都合がいいし、それに、しないよりかは楽にことを運ぶことができる、精神的にも、実際的にもそう。でもね、やっぱりそれはやっぱりいつわりなんだよ。少なくとも、おれにとってはいつわりなんだ。こうしてきみを抱きしめていると、わかっちゃうんだよ、どうしても。こうして、ただこうしているときにだけわかって、部屋に帰ってしまうととたんにわからなくなる、何もわからない自分だけに戻る。そういうのは、たまらなくつらい」
 わかるよ、と僕は言った。
「いや、わからない、何もわからないんだよ、わかるわけがない」
 僕はこうしているのが何よりの幸せだった。僕は勃起していないし、目の前に倚りかかることのできる人がいた。それは僕にとって、最もわかりやすい幸福の形だった。

 僕のコラムについてけっこうな数のクレームが来ているとのメールが新聞社の担当から届いた。夕方になってその確認のために都内の本社ビルに出向くと、傍目にもわかるくらいの慌ただしさで社員がたち働いていた。
《放出男》が殺されたのだった。
 担当者は僕を見て、なんだ、髪がちゃんとしてれば普通じゃないか、と肩を叩いてから、険しい顔をつくってクレームの委細を教えてくれた。
 凶器につかわれたのは、鋏だった。
 容疑者はその場で取り押さえされ、僕ははい、そこのところは、すいませんと頭を下げた。
 性的虐待?ネグレクト?え?性器ちょん切られて?互助団体?スペランツァの恋人?ネットは?まだ?だれ?おれ?
 僕は、知りません、とだけ言って階段を昇り、部屋の鍵を締めた。

 

     *

 

 だまされやすい性質というのは、夢のなかにあっても変わらないどころかさらに拍車がかかるようで、僕は眠っている最中に夢が夢だと気づけたためしがない。僕の夢はみずからの欲望のままに散らかし回り、僕に何ものでもない何かを残して去って行ってしまう。
 妹たちが性処理を担う住宅街に僕はいた。
 すべての家の玄関やポーチで全裸の妹が待っていて、それはすべて僕の妹なのだった。その僕というのは、僕ではなく、僕という要素を分けた僕の別な人格とでもいうべきもので、ほんとうの僕は数歩後ろからその僕を観察していた。
 彼は隠したがっていた。すべての家に妹がいることも、妹たちがみんな全裸で彼を待っていることも、それを僕に知られてしまうということも、その彼にはとてもつらいことのようだった。
 いつしか彼はひとりの妹と性行為を始めた。彼はもう隠し通すことができないという諦めを抱いたようだった。
 つづけて、別の妹と彼は交わった。
 それはいつまでもつづき、始まりも終わりもなかった。肉体としての卑猥さはなく、精神の昂揚だけが濃密なガスとなって彼の視界を蔽った。
 まだまだ妹たちは残っているはずだった。けれど、それは全く問題ではなかった。彼も妹たちも、夢の意識にしたがって増殖し、増えつづけ、複製されていた。

 コラムの原稿を書く時間になったから、志乃からノートPCを取り返そうとすると、「#時中時宗の身ぐるみを剥がそう」というハッシュタグがちらと見え、時中時宗というのは現首相の名前だった。
 どうやらその亜種として形を変えた、「#時中時宗のパンツを脱がそう」というハッシュタグもあるようで、志乃の隣りでスクロールを追っている限りでは、そちらの方が楽しげな投稿が多かった。
「しょうもないね」
 それには僕も同意して、でもそれらはすべてどこかのだれかのお気持ちの表明であり、言葉として示されたからにはそれなりの意思が介在しているのであり、それはそれで政治なのではないかと思ったところで、壁の向こうで二〇三号室のインターフォンが鳴った。
 その声には聞き覚えがあった。
 僕は激しい痺れにおびえた身体を無視して、あの偽物の警察手帳を部屋じゅう探した。物置と化した本棚、ニトリマットレスの裏、冷蔵庫の冷凍室まで開けたが、それはどこにも見当たらなかったし、それがあったらなんなのだ?
「逃げよう、あいつらが来た!」
 僕は志乃の腕を強引につかみ上げた。腕はあまりにもか細く、さらに持ち上げれば肘から先が外れてしまいそうなことにびっくりした。
「逃げる? え?」
「わかんないけど、あいつらが隣りに来てるんだよ! 黒スーツのふたりが!」
「黒スーツ? なにそれ」
「とにかく危ないやつらなんだ、ここはもう危険だから」
「それって」と志乃は僕の手を振りほどいて言った。「もしかして、アイくんがネットにあげてるやつのこと言ってる? 最近書いてないみたいだけど。もしかして、そういうあれ? なんか、ネタ出し? え、なんかすっごい汗だけどダイジョブ?」
 志乃を蹴飛ばし、ブラウザのブックマークをクリックする。いたぁいもぉー! ものの一秒未満で小説投稿サイトのプラットフォームにつながり、「すべて隣り合うものは狩りのために(仮)」というタイトルをクリックする。
 それは、こう書き出されている。


 魔法みたいなものなのだと思う。
 放出、放出したいなア! モゾモゾ! このモゾモゾ!
 最初の男、《放出男》と呼ばれる男は、そう叫んだと言われている。

 

ある町の葬儀(あるいは、ある夢の断絶)

 

 1 悲しみをもって


 深く不明瞭な翡翠の風を町中がまとい着飾るその日、その刻、それは腹の底にまで届く爆音を皮切りにして突如始まる。
 吉能はまだ気がついていない。じっと眠っているためでもあるし、豊かに広がる早朝の喚起的な夢の内で漂っているためでもあるし、あるひとりの、ひとりと思われる魅力的な誰かに恋心を抱きつつあるためであるかもしれない。それは恋心ではないのかもしれないし、対象は人ではないのかもしれないし、ともすれば夢ではなくまた別な情景を見ているのかもしれない。しだいに、その魅力的な何かが変身剤となって、吉能は精神的に自由になっていくのを感じる。両性具有、と思う。それは実に心地の良い感覚であると同時に、その何かの方はというと、そうした自認と入れ替わるようにしてどこかに消え去っている。
 目まぐるしい場面転換の速度にその身をまったくゆだねている吉能にとって、それが聞こえていたにせよ聞こえていなかったにせよ、翡翠色の爆音は遠い雷鳴としてただ受け流せばよかった。しかし、夢の情景はしだいに悲しみの色を帯びつつあり、かれはかれの現実の肉体とのつながりを取り戻さなくてはならなくなる。森に面した錆びまみれの廃倉庫、あるいは大粒の涙によって浸水し木床のふやけた葬儀場のような空っぽの空間を後目に、自由に動かせる翼を得た吉能は振り返らず、ゆるやかに角度をつけて離陸する。空はあらゆることが固定されていて、場面や視界が変化してゆかず、薄青く見えるという情報に時間が便乗することでどうにか均衡を保っているばかりだった。いつしか、速度は無くなっている。緩慢な浮遊の途中、ごく原始的な感触のあるぶ厚い雲にぶつかり、両翼の先端をじっとりと絡み取られ身動きができないことを知った時、吉能は通り過ぎてきた悲しみのわけをひとつも憶えていないことに気がつく。
 そして、吉能は確かにその爆音を耳の浅い膜でとらえる。と同時に、木造アパートの一室である部屋の玄関ドアを一頭の栗色の正統的な毛並をもつ馬が突き破ってきて、その勢いのままに廊下の薄い壁も湿りけをもった尖った鼻面で粉々に破壊してしまう。その馬は首元で街路に面した廊下の壁を、大きな尻でドアを貫いたままの状態でバーベルのようにがんじがらめになっており、横倒された煙突さながらフシューフシューと荒い呼吸を繰り返している。突撃の残り香である微小な塵埃にまぎれ、馬の体表から発せられる野生の生々しい匂いが部屋一面にむっと充満していく。
 おれはこの音を知っている、と吉能は思う。
 簡素な鞍の鎖紐を脇下にしかと結び直している間、馬は宙に浮いた四足をわなわな遊ばせながら控えめに失禁していたが、吉能はとくに気に留めずに作業をつづけた。最後の留具をきつく締めたその時、再度、爆音が大様に轟きをあげる。頭は何とか壁から抜けたが尻の肉にめり込んでしまったドアはどう工夫しても抜けそうになかった。しかし吉能はとにかく急いでいて、余裕もなく最後の一滴を垂らし終えた馬もそれに気づいていなかったため、そのまま放っておかれた。
 町は柄のあちこちで岬のとび出したハンドベルのような形状をしている。各岬はその町の成果を象徴する先端部であり、反対に逆岬と呼ばれる凹んだ地域はその町の至らない側面を示すものであって、そういった凹凸が町の辿ってきた歴史の見取図と言える。キャスティング、つまりベル部分にあたる放射状の土地は町最大の岬であり、見事な三角錐の丘になっていてこの町を錐丘の町と呼ばしめる所以となっている。そしてその丘は、三方を雲を衝くほどおそろしく高大な石壁に囲まれている。壁はその方角に向けて継目なくどこまでもつづいていて、世界の成立ちそのままに下界側に反り返るようにして街衢を見下ろしつづけている。
 壁は自然の気まぐれなはからいであり、《壁の彼方》の一方への浸食を阻むためのものとされているが、その存在の確認に成功した話というのは未だもって聞こえない。とある世、地中深くからそれへの到達を試みた一団があったが、天然の壁は地下へも無限と思われるほど伸びていて、あまつさえ巨人の瞳孔というふうに妖しく発光さえしていたという。《彼方》はある種、壁の高さと同様言伝えの類であり、それというのは往々にして人々の強い畏敬と愛情の念から生れ落ちるものであるからかもしれない。壁の向こうに何があるのか、何かがあるのか、それはすなわち無と同義であり、自明のことわりとほとんど同じようにして受け入れられているのである。人々は壁の向こう側を指して南と、誰が言い始めた訳でもなくそう呼び、それはこの世でただひとつの現然たる道標となっているのである。

 そいつはなんだ。
 ひどく参った感じで出てきた葬儀屋はそうこぼすと、吉能をじっと見つめる。
 おれにもわからないよ、と吉能は手綱を手ごろな石柱に引掛けて答える。
 そんなことはどうでもいいんだ。
 吉能は表の電車通りに踏み出していく葬儀屋についていきながらその意図を訊ねると、かれは馬のほうを指で示して、
 このケツのはなんなんだ?
 天を目指し運行をつづける朝陽が一瞬の雲隠に入ったその時、翡翠の魚影が馬の毛並の稜線を泳いだかのように見えた。ふたり共にその現象の目撃の感触を共有し目配せまでしたが、何の目配せであるかはお互いにわかっていなかった。
 ドアだよ、おれのうちの玄関の。寝起きにこいつが突っ込んできて、てこでも何でも嵌ったまま抜けない、と吉能は簡潔に状況をまとめた。馬は彼らの話に耳を傾けることなく、いつになく賑わいを見せる町筋の人々と真っ直ぐ南へと伸びていく路面電車の線路をもの珍しげに眺めている。爆音が鳴った影響で路面電車は始発から運転を取り止めており、目抜通りは多くの歩行者で溢れつつある。
 やっぱり、音と何か関係があるのか。
 それもわからない。でも鳴ったからには行ってみるしかない。そう言われたわけでも、そうしなくちゃならないというわけでもないけど。
 戻るってことか。もうここにはいられないのか。
 吉能は何も言わず少しの間黙っている。
 すべてのことにはそれに相応しい意味がある、という吉能の言に、葬儀屋はよくわからないというふうに首を振る。
 そう考えるのが、真実にもっともらしく近づくための方法なんだよ。
 吉能の顔色がみるみるうちに蒼白になっていくのがわかる。それは死後硬直を思わせる冷たさを帯びている。
 葬儀屋は事務所奥の抽斗の南京錠を外し、ところどころが縺れてしまっている純白のウェディングドレスを中から掴み取る。それが吉能の助けになるのか負担になるのかどうかわからなかったが、自分にしてやれるのはそれくらいしかなかった。
 これは父さんの、と拒否するよりも先に、哲、おまえは一緒に来ないのか、と葬儀屋を訪ねた理由である疑問を投げかけると、葬儀屋はそこまでしないんだよ、ほら、早く着ろ、と言って背を向け、南京錠をくず籠に投げ入れる。
 葬儀屋は実務において失敗とは無縁の優秀者だったが、翡翠に染まっていく町における最大の混乱者でもあった。遺体もなければ、弔いの方式さえ不明で、葬儀プランを建設しようにもまずどこから手をつければいいのか何もわからない。第一に町が死ぬ/死んだということを裏書のないくやみ状で知ったのだし、町の葬儀なんて聞いたこともなければそれに葬儀屋が必要なのかさえ判断がつかない。もはやかれがする仕事の範疇をゆうに、おかしい程度くらいに超えてしまっているのだった。町の葬儀なんてたちの悪いでたらめだ、そんなものは毎晩の数万という町民たちの夢が厚い靄を何かの間違いで喰い破ってきてしまっただけの幻想にすぎない、というかれの本能的な意識は、早暁に立てつづいた爆音と吉能の急な来訪とで今まさに崩れ去ってしまった。
 葬儀屋はその名の通り人間の死というものに限りなく近づいていく役目を担う。しかしそれは死を体験しているということでは決してない。死にべたべたとむやみには触れず、死を適切にコーディネートし、死にそっと寄りそい最後のひとさじをふりかける、いわば死のパティシエなのである。生の側における死のもっとも実際的な理解者であるがゆえに、葬儀屋の哲というひとりの人間は今、自身の空想力に見切りをつけ、考えることを止めた。
 ウェディングドレスに袖を通した吉能に、馬はぎょっとたじろいだが、騎乗しづらそうと見るや否や腹底を地面につけるかというくらい体勢を落として吉能を手助けした。そうして一瞥をくれて南へとひらひら走り去っていく吉能と馬を見送りながら、葬儀屋は二階の自室に上がり床を敷いて電灯を消した。吉能と出会った日以来の重い重い疲労がかれを襲っていた。眼を閉じ、吉能が丘に向かっていく姿を思い浮かべながら、二日ぶりの眠りの沈泥へと潜っていった。

 南の丘は町全体を支配する巨大な墓標としてそこにある。遠方からは濃緑の、完全に滑らかな三角錐として人々の眼に映るが、その実態は何の変哲もない樹木の集合である。接近すればするだけその異様な緑色の立体の方々に個々の生命的な粗目を視認することができるようになるが、それは一般に浸透する樹林への安心――大地の恵みに包まれ、生まれたての嬰児に還るかのような感覚とは一切無縁であって、やはりどこか異質で巨大な構造物なのだという外心を眺望者に与える。緑群の陰の内部はどのようになっているのか、町の人間で知る者は誰ひとりとしていない。
 奇しくも、錐丘の町の呼称とは裏腹に、これを町の一部と見なすかどうかの明確な意思決定を歴代の町長は半ば誇りをもってはぐらかしつづけており、また丘側も丘側で長年に渡り独自の生態系を築き上げているらしいことから、ちぐはぐだが滞りのない均衡が保たれている。そうした均衡の象徴として、双方の連結地点である丘の一頂点には幅十メートル程で長さが僅か三メートルのアーチ橋が両側の壁に沿うようにやや間隔をひらいて架けられている。高壁に挟まれたそこには太陽がちょうど正中の位置に到達したその数秒間しか日光が射し込まず、橋の上に立ち止まっていると数日で自意識を壁の暗黒に吸い込まれ発狂するのだとまことしやかに囁かれる。
 丘と町。かろうじて不分しないそれらを現実に繋ぎ留めているものは何であるのか。
 それは、人間の死である。町で生を終えた者の屍体は、例外なく丘の森へと柩とともに運び入れられ、埋葬される。それがこの町に暮す人々の末路であり、代えのきかない一条の冥福なのである。盛観な錐丘の恰好はそこに埋められた人々の生きた具現であるとも言われ、その信念は、丘における埋葬と因果の相克関係を成している。葬儀が町の各所に点在する葬儀場で行なわれたのち、遺体は橋の手前にある引取所で霊柩車から降ろされ、上裸の丘人たちがそれを丁重に抱え真暗な橋を渡っていく。その光景に、遺族は初めて故人の冥途を目蓋の裏で思い描き、それを辿るための唯一本の細糸としての錐丘を発見する。
 吉能は馬から降り、引取所の窓を覗き見る。平時であれば夜昼問わず中に上裸の丘人が複数駐在しているはずだが、今そこはもぬけの殻である。わかっていたというふうに吉能はひとつ息をつき、再び馬に乗って朝陽の射さぬアーチ橋へと進み出る。
 橋の暗闇にまず馬の頭がすっぽりと侵入する。つづけて、吉能のウェディングドレスの純白が壁の影へと紛れていき、取り込まれる。
 吉能は丘人として産まれ、五つの年の誕生日までそこで過ごした。
 その日にも、翡翠色の爆音が丘の頂で鳴った。そのことだけを吉能は鮮明に記憶している。今日のようによく晴れていて、初めて着せられた上衣越しにも陽射しの熱が背に感じられた。滅多に陽を浴びない丘人は肌が水面のように淡く透き通っていて、吉能はそんな何人かの大人たちに両の手を引かれ、ゆっくりとした足取りで丘を下っていったのだった。
 丘の麓は一面砂利の広場になっていて、何もなかった。山門のようなものもなく、先へと広がっていく錐の底面にも隔壁といったものはない――もともと壮大な「壁」が存在するため、当然といえば当然のことだった。そこはしんとしていた。鬱蒼と茂る森林の向ってやや左の方に内部へとつづく道の入口が見え、吉能は馬を促す。蹄に踏みしめられた細かな砂利が跳ね、真さらに沈黙する広場の空気が微かに揺らぎ、異物が混入し始めていることを丘は悟った。
 一定の傾斜で上方へと伸びていく石畳の道をスダジイやイヌグスの樹冠を分け入るように進みながら、吉能はたった二度の爆音のことを考えていた。丘を出発した時のそれと、今日聞いたそれ。聞いたことがあるのはその二度だけだった。かれは幾度となく、その二回のシンボルを自己に結び付けようと目を覚ましてからというもの隈なく頭を巡らせていたが丸切り判然としなかった。霞に誘われるようにして登りつづけること数十分、沿道の落葉の山の中に木造の民家が離れ離れに見え隠れし出した。曖昧な記憶の内で、丘の天頂が近づいていることを吉能は脳裡に直覚した。
 湿気の籠った林道がついに途切れ、人工的な平地が出現した。その中枢には、近似する三の瓦屋根が折重なった層塔が照葉樹林を従えどこか淋しげに佇んでいる。ここで間違いない、と吉能が思った矢先、ひとつ上裸の人影が中から姿を現した。
 久方ぶりでございます、吉能様。必ずや、お出でになると思っておりました。そのようなお姿で、とは思いもよりませんでしたが
 そう言う丘人は上裸でなく、胸の部分のみを細い麻布で隠しているうら若い女性だった。露出した肩や腹、二の腕は緊密な繊維質のように靱やかで筋張っている。まるで自然の一作用というように白い皮膚を光らんばかりにさせながら、一歩一歩吉能に歩み寄った。
 わからない、と吉能は困惑して言う。
 何が、でございましょう。
 あなたが誰なのか。あなたが、どうしておれの名前を呼ぶのか。どうして、そうしてへりくだるのか。どうして、こうしておれの前に出てきたのか。おれは、いったい何をすべきなのか。
 ――お待ちしておりました。
 じっと吉能の眼を見据え、巫女の風采をした丘人は深い感慨を込めてただそう答えた。それは草木をも心変わりさせるほどの濃艶な微笑を伴っていたが、視線を吉能の背後に立つ馬に移した途端、彼女の表情は風に吹き流されるようにして虚と消失した。
 それは、馬、でございましょうか。
 そう見えるだろうか、と吉能は振り返り馬を見て言った。
 はい、紛れもなく。
 と、あからさまに表情を柔和につくり直した巫女の丘人は言い、それは何でしょう、と馬の尻を優美な手振りで示す。吉能がそれは自分の部屋の玄関ドアだと説明すると、姫はその大きな瞳の奥に思考の色を一瞬きらめかせ、些細な相づちも打たずに無反応を通した。
 馬を外に残し、巫女に連れられ三重の層塔の戸を潜ると、中は地下じみた広い空洞になっており、古い木々の匂いが重みをもって沈殿していた。右手前の内壁から隙間が多く幅の狭い階段が上へと、そのまま壁に沿って螺旋状に昇っていき、光の届かない天井に呑み込まれている。
 さあ、お手を、と差し出された巫女の手のひらを取り、薄茶色の暗闇を螺旋階段をたよりに上がっていく。ここに入るのは初めてだ、子供は近づいてはいけないと釘を刺されていたから、と吉能は茫然とした面持でこぼすと、ここはお墓ですから、と巫女は静かに音を立てて笑う。邪な想念から逃れるためならば、近づかないことが何よりでしょう。これまでも、そして、これからも……
 光の粒がそろそろ絶えるかという時、ふと力強く、しかしゆったりと吉能の頭は巫女のささやかにうねる胸に抱きかかえられ、ウェディングドレスの裾が巫女の四肢にしな垂れかかった。天井のすぐ目の前に来ていたからであり、巫女はその反対の手で梁の間に嵌められた蓋天を押し上げた。
 そこは奇妙な空間だった。
 銃眼というには小さすぎる穴が四囲に隙間なく穿たれ、外から入ってくる無数のか細い光芒が直角に交わり、その中心ですべてを圧するほど大きな釣鐘が凝燃と佇んでいる。天井から地面まで届かんばかりのその存在感には目を見張るものがあるが、際立って異端の念を彷彿とさせるのは、その色合である。決して明るいとはいえないこの空間においてこの巨大な釣鐘は、見るも艶やかな翡翠の輝きを、今にも襲いかかってきそうな発散性の磁力でもって放ちつづけているのだった。
 吉能は、これが爆音の本源であると直感するとともに、自らの為すべきことをほとんど霊感のようにして悟った。この鐘を鳴らし、町の葬儀を直ちに止めなければならない、と。かつての丘人としての眠る血脈が密やかにそう囁くのだった。これを鳴らす方法は、と巫女に向けて尋ねる声とほぼ同時に、
 お兄ちゃん、と声がした。
 釣鐘を挟んだ向こう側に、すべての被服を脱ぎ捨てた巫女が立って吉能を見つめていた。幾千もの陽の光線と翡翠のあまりに無垢な輝きに照らされて、肢体の弧線に肌理のある暈が浮かび上がっている。
 わたしはこうしてここにいて、あなたもこうしてここにいる。それはわたしたちがこの世に産まれてしまった時から定められていたのかもしれません。誰に決められたのでもない、もちろんあの壁や《彼方》のせいでもないでしょう。わたしはあなたのことをまったく知らないし、あなたもそれは同じ。この世界のことなんてもっと知らない。――だからこそわたしたちは、今できることを、長い長い時間の流れのまさに今しかできないことを、するしかないのでしょうね。
 巫女は長く、しかし落ち着いてため息をつき、乳房と陰部を覆い隠していた腕を身体の横に垂れ、吉能に微笑みかけた。
 この塔は、町で生を終えたすべての人たちの上に立っています。鐘は、悲しみをもって鳴らされなければなりません。
 そう言い残すや否や、裸体の巫女は助走もなく走り出す。その背後で埃が舞い上がり、火花が散り星々が破裂するようにして交差する光同士が明滅し、かき乱れる。巫女は前傾し直線となって跳び、頭頂から釣鐘の下部に猛突する。
 圧倒的な事象が、爆発した。
 視界が消え、意識を失っていきながら、吉能は遠くに悲しみの反響を聞いた。


 2 祝祭の日


 今までのものとは甚だ性質の違う爆音に、葬儀屋は浅い眠りから引きずり出されるようにして目を覚ました。酸素が足りず窒息しかけてぼんやりとした頭が、仕事はどうした?仕事はどうなっている?と、自己とはまったく別なところからの声で繰り返し自問している。
 以前にも似たようなことがあったと、起き出しながら葬儀屋は思った。それは、今日と同じようにして爆音が町の空を揺らした日のことだった。その日の昼前、事務所のガラス窓の向こうにひとり、肌が極端に白い少年がうつむいて立っていた。まだ先代の、哲の父親が葬儀屋を切り盛りしていたころの話で、哲はまだ年少の児童だった。前日に大物俳優の葬儀の手配という大変な仕事を終え、その日は丸一日父親と遊んでもらう約束をしていたのだった。
 初め父親はその少年は誰かと待ち合わせをしているのだろうと思い、とくに何をするでもなかった。一週間ぶりに事務所内をさまざまな用具で隈なく掃除し、正午を過ぎてもなかなか起きてこない哲の部屋の電気をつけた。昨晩まで楽しみにしていたはずの息子は物音を立てても肩を揺さぶっても微動だにせず、うつ伏せになって顔を枕に沈めたまま堅く拳を握りしめていた。そこで父親はふと、こんな小さな子供が葬儀屋の前で待ち合わせる理由は何だろう、と思った。よく考えなくともそんな理由はないし、仮に大人であっても滅多にないだろうとふたたび事務所の階に向かうと、少年は依然としてまったく同じ場所に立ち、まったく同じ角度でうつむいていた。
 それが吉能だった。
 哲はその日、陽も暮れそうな夕方になってからやっと床を抜け出したのだったが、それはたんに寝坊といった個人的な問題ではなく、夢とうつつの間での激しい小競り合いにうなされていたからだった。当時はまだ五つで葬儀屋の見習いでもなかったのだが、今振り返ると、それが死と丘にまつわる人の終末を見届ける仕事をしなければいけないという責任からくるせめぎ合いだったと考えるとすんなり理解できる。爆音と吉能。丘と町。それらは哲にとって重大な何かを孕むように思われた。
 町は祝祭のムードに満ち溢れていた。朝方に突如鳴り響いた翡翠色の爆音は町の人々の気分を無差別に昂揚させ、壁に見下ろされる日常からの一時の脱出を掻き立てているようだった。吉能の門出の鐘声は、それを知らない人々にとっては盛大な祭囃子だった。中央通りはかつてないほどの大勢の人だかりで混雑し、あらゆる方角へと解放の華やいだ風を届けた。
 その日を境に、かれらは三人家族になった。
 吉能と哲は互いに同い年で、ほとんど口をきかない吉能と面倒事が苦手な哲、というふたりの性格は相性が良かった。ふたりともあまり喋る方ではなく、しかしながら会話がなくとも互いの意図や調子が手に取るようにしてわかる、さながらシャム双生児のようなところがあった。丘人の特徴をもつ吉能は、時折思いつめたふうにして自分の周りに囲いをつくるようなことがあったが、他の生徒と比べて何ら不都合なところはなく、好奇の眼に晒されることは度々あったがそうしたときはそれとなく哲が場をいなした。ふたりは揃って義務教育の九年間をスムーズに通り過ぎた。
 ある日、吉能は家のどこからか、縒れもなく真新しく見えるウェディングドレスを見つけ出し、葬儀屋の父親を困らせたことがあった。吉能はそれを大層気に入り、常に肌身離さずとまではいかないが、事あるごとにお守りとしてその手触りを愛した。吉能も吉能で、父親に何か複雑な事情があるのだということをその眼差しから感じ取ったのか、以後はその接触を隠れてするようになった。いつか哲が、何がそんなにお気に召したんだいと訊いたが、吉能は一瞬自分でも何が何だかわからないといった動揺を確かに見せ、ただただ曖昧に笑うだけだった。そしてその夜哲は、吉能が布団の上でそのウェディングドレスを踏み潰し、きわめて静かに、しかし鬼気迫るようにしてそれを犯しているのを偶然見てしまった。吉能は下半身を露出して膝立ちになり、鋭く勃起していた。ドレスの片方の袖がベッドの縁にだらりと投げ出されていた。哲にとって、それはとても印象的な光景だった。何故かははっきりとしないがしかし、吉能の自壊の一端をそこに垣間見てしまったと感じ、強烈な動悸に胸を襲われたのだった。吉能がその白さに何を見ているのか、どのような執着があって、どんな影響を与えるのか。哲は一晩眠らずに考え、翌日、事務所の奥のほとんど使われないままに置かれている箪笥の抽斗にそれを隠した。吉能と丘とを摑んで離さなくさせる忌まわしい鎖だと、そう思ったのだった。
 高校に入ると、しばしば吉能の体調に異変が見られるようになった。肌色は一層白みを帯び、以前に増して口数が減っていく吉能を哲は注意深く観察し、必要があればさりげなくサポートした。高校での生活が合っていないのだろうかとも思われ、授業の間頻繁にうとうとするようになった吉能のために、より詳細な内容にいたるまで丁寧にノートを取った。ある朝、とうとう吉能は学校に行きたくないとぐったりした様子で口にした。訳を問うと、遠すぎる、とだけぽつりと零してまたすぐに眠ってしまった。高校は北端の岬の先にあった。哲は薄々、吉能が丘から遠ざかるほどに体力を消耗してしまうことに気づき出していた。吉能は学校を休みつづけ、ひとつまたひとつと季節が巡った。やがて哲ひとりで高校の卒業を迎えるころになると、吉能の世界を蝕むヴェールは丘からそう距離のないかれの居場所である葬儀屋をも内側へと呑み込み始めていた。
 哲の卒業と吉能の宿替、そして父親の突然の死は同日の出来事だった。卒業証書を携え胸に造花をつけたまま帰宅した哲は、静まり返った平日の事務所で延々と鳴りつづけている電話を不審に思い、父親の帰りが遅いことも気になって電話を取った。聞き知らぬ男の声がかれに、父親が路面電車に轢かれ南に数区画にも渡って引き摺られたことを伝えた。運転手の不注意と過労からの居眠りが原因だった。
 父親の葬儀がかれの初仕事となった。しかしそれは葬儀といえるような形式的なものではなく、哲と吉能、たったふたりがその事実と向き合い消化するための儀式的な時間の経過を意味した。葬儀屋の父親には友人と呼べる他人はいなかった。哲は葬儀屋を引継いだ。
 たくさんの人が町で生まれ、さらにたくさんの人が町で死んでいった。町の時間はいたって変わりなく規則的に流れ、葬儀屋は丘へと数えきれないほどの棺を毎日のように流した。爆音は轟かず、数年に一度酷い大雨がささやかな洪水を起こし、人が死に、葬儀を繰り返し、葬儀屋と吉能を結ぶたよりない紐帯はますます細くなっていった。
 そうして、ふたたび爆音が鳴ったのだ。

 人々にとって爆音は天からの気まぐれな祝福の合図だったが、葬儀屋にとってそれは吉能を呼ぶ号砲、そして死の気配だった。朝方、数年振りに姿を見せた吉能は、やつれ、みるみる精気を失っていく段階のもう引き返すことのできない途上に立たされているふうに葬儀屋の眼には映っていた。
 事務所に降り、手近な椅子を引き寄せて座り、ウェディングドレスが仕舞われていた抽斗が開放しになっているのをぼんやりと眺め、思った。父は何故ウェディングドレスなんて持っていたのだろう。吉能は何故ウェディングドレスにあそこまで執着したのだろう。意味がなければ説明がつかないことのようにも思えたし、意味なんてものは最初から何もないといえばそうかもしれないとも思った。では、自分は何故丘へ向かうであろう吉能に、かれから隠していたウェディングドレスを着ていくよう半ば強引に勧めたのだろう。葬儀屋は混乱し、南を向いた。南を向いた? おれはどうして南を向いたりなんかしたんだ?
 風の唸るような重たい音がしたかと思うと、その音はふいにまとまった大波となって表のガラス窓を震動させるほどに大きくなった。慌てて立ち上がり通りに飛び出ると、大人も子供も皆涙を流して号泣しながら、けれどしっかりある一点を見つめて行進していた。葬儀屋という職業柄、そうした振舞いには見慣れていたが、それはあまりに異様な光景だった。まるで自由意志ではなく、人間の形をした人形が何者かに操られているようだった。それぞれの視線の向かう先が、他でもないあの錐の丘であることはわざわざ確認していくまでもなく明らかだった。かれらは南へ、南へと、死別の悲しみに耐えかねた忘我の生霊のごとく歩みをつづけていた。
 町がおかしくなってしまったのか、あるいは自分の方がおかしくなってしまったのか、狂乱の祭礼のただ中にあって葬儀屋はわけもわからず混乱した。通りは悲しみの坩堝と化している。ふらふらとひたすら南を目指す生霊たちに何度もぶつかられながら、己の肉体のみがこうして何事もなく自由に動かせることを不思議に思った。
 葬儀屋は手あたり次第に道行く人々に話しかけたが、その反応は支離滅裂さを極めていた。……わたしは終身刑になるだろう……人生はつらい、芝生でさえ簡単に取り戻せない……おい、活動を閉じろ!……汚いティータイムがここにあります……三十六時は五種類の力しか数えられません……美しいのか?……
 その時、生霊の群の上手の方からとみに地鳴りが届き始め、それがみるみる大きくなっていくにつれ何かを跳ねるような鈍い音、そして限界まで我慢した後の惨めな吐瀉といった水気のある音が後を追って来たかと思うと、通常あり得ないほどの速力で路面電車が行く先をふらつく人々を弾き散らしながら猛進してくる。葬儀屋は何を思ったか南へと全力で疾走し、横に追いついて来た列車の乗降手摺をかろうじて掴まえると、丘目掛けて爆走する速度にその身をまかせ、運ばれていった。


 3 二つの抒情的で素朴なるドア


 馬は無事に吉能を導けたことに心底安堵していた。そこに意味はなく、したがって目的や意思といったものもなかった。それは抜けるべくして抜け落ちる古い体毛のようなものであり、吉能を乗せ鐘楼まで送ることもその結果安堵していることも、ごくごく純粋なただの巡り合わせに過ぎなかった。そしてしかるべき行為を終えた馬は、そこで一度死んだ。吉能と巫女が建物の陰に見えなくなると、馬は途方に暮れるまでもなく自らの存在意義が消え失せていくのを感じた。
 ただし尻に嵌ったままのドアは違った。
 爆音。
 その時、層塔をぐるりと囲む照葉樹林の暗い陰から上裸の丘人たちがぬっと姿を現した。かれらは物言わず縦一列に並び、早足ぎみで層塔の階段を昇っていった。ほどなくして一行はふたたび地上に戻ってきて、馬を中心とした幅数十メートルの円を形成した。それは意図された行動というよりかは、豺狼の群が何かを警戒するような動きに似ていた。数人の丘人は飾りけのないひとつの棺桶と、そしてウェディングドレスの吉能を大事そうに抱えている。丘人たちは総じて無個性であり、乳首の露出で男女の区別ができるのみで皆変わりのない顔、同じ身形をしていた。突風が吹いて薪の中の小さな熾火が消されてしまうように、僅かな作用で音も立てずにふっと消えてしまいそうなほどかれらの身体や魂といったものの存在感は稀薄だった。
 その中のひとりの男が円陣を壊し、馬の元へと近づいていく。その歩みはしっかりとしているが、地面からほんの少し浮いた見えない面を滑り歩くようにも見える。
 こんにちは、とその丘人の代表は立ち止まって言う。
 一度死を迎えたばかりの馬はうまく頭を働かせず茫然と言葉を出せずにいると、代表はその気配を感じ取ったのかひとつ肯く。
 きみにふたつ、訊きたいことがある。答えてくれるかね。
 棺桶を抱えていた丘人のひとりが消失した。バランスが崩れ、棺桶の一方の端が砂利の上に落下し、中のものがごとりと移動する音が聞こえる。
 代表はよそ見をする馬には構わず、そのままつづける。
 まずひとつ、難しい方からにしよう。きみについての問いだ。
 隣りの丘人が棺桶を持ち直すと、今度は反対を支えていた方が元からそこになどいなかったかのように消えている。ごとり、と音がする。その奇妙なシーソー擬きは数秒おきに起こり、丘人の円は一歩、また一歩と狭まっていく。
 きみは、馬なのか。それとも人なのか。人だった馬なのか。そのどれでもないのか。どうかね。
 どうだろう、と馬は思う。人だった気もするし、最初から馬だったとしか考えられないような気もする。それはつまり、人でもあり馬でもあり、そのどちらでもないことを意味しているということだろうか。はたしてそれは何らかの実在を示すものなのだろうか。
 質問に沿って言うなら、と馬は悩んだ末に答える。そのどれでもない。
 わかった。了解はしかねるが、おおよその把握はした。ではもうひとつ、これは簡単だ。そのお尻のものは何だね?
 首を捻って後ろを振り返ると、馬はぎょっとして瞬きを繰り返した。ドアはやや黄ばんだクリーム色をしていて、馬の視界全部を一瞬にして覆ってしまったのだ。
 なんなんですかこれ! ねえ、これなんなんです? 眼が見えない!
 ドアに見える。頑丈で、一般的な形のドアだ、と代表はあらかじめ用意していたみたいに言った。
 ドア? ああそうか、と馬は思い出す。これはあの時のドアだ。けれどどうして嵌ったままになっているのだろう。馬は上下左右、加えて斜めにも大きく腰を揺らして振り落とそうと試みたがそのドアはびくともしなかった。身体の一部か、あるいは身体の一部のようなものとして、そこにあるのが必然だというような見事な嵌りっぷりだった。
 それは何だ?
 当惑する馬の鬣からうなじにかけて手を置き、代表はどすの利いた低い声で凄んだ。どうやっても抜けないことがわかると馬は半分諦めた心地で、ドア、とだけ答えた。
 連れていけ。
 代表は冷ややかに言った。しかし、すでに馬を取り囲んでいた丘人は棺桶と吉能を抱える四人だけを残して跡も形もなく消えてしまっていた。
 
 一行は丘の裏側へと下っていった。南方の壁に近づくにつれて植生が暗色へと変化していき、道という道が途切れると繁茂する羊歯を掻き分けて進んだ。ついに太陽が壁の向こうに完全に隠れてしまうと、樹木のそよめく音も聞こえてこず生物の蠢く気配すら感じ取れなくなる。誰ひとりとして口を開くことはなく、棺の中のぶつかる重い音と吉能の寝息だけがそれぞれの足音の合間に時折聞こえていた。
 緩やかな斜面が終わり開けた場所に出ると、まず棺桶を抱えるふたりが、それを察したのかそれを丁寧に地面に置き、瞬間消えた。つづけて吉能の脚を持つひとりが消え、もうひとりは吉能を馬の鞍上に横たえると、手を離さないうちに消失していた。
 こっちだ、と代表は言い、置かれた棺桶を引き継ぎ軽々と肩に担いで歩き出した。
 丘を支える台座のごとき短い崖をさらに下っていくと、触れられそうなほど接近した壁と向かい合った丘の岩壁に裂け目が開いていた。しばらくそこで、馬は代表にならってその縦に長い隙間に耳を澄ました。この世のものとは思えないほど淡く儚い、それでいてどこか懐かしさを含んだ空気の流れがそこにはあった。流れの端緒は壁、もっと正確には壁の《彼方》にあり、崖の斜めに走る断層を長い時間をかけてその流れが掘り進んだことで岩屋という深い洞穴が出来あがったのだった。岩はところどころが現在もなお砕けつづけており、鋭利な角々が丈夫な獣の心臓を生かす弁のように外から侵入するすべてを阻んでいた。
 棺桶を岩屋の手前に置くと、代表は《彼方》からの幻惑的な空気の流れを遡っていった。そうして、壁にそっと確かに手を触れる。それはドアではなく、ドアがあった。幻のように奇抜でおぼろげで、薄く汚れた素朴なドアであり、ドアではなかった。
 代表はちらりと馬を見た。馬もそうした。
 風は好きかね、と代表は言った。
 好きの指す意味がわからない馬は、ただ首を傾げるだけだ。
 ならば嫌いか。
 今度は別の方に首を傾げる。
 色はどうだい。
 空は。
 熱は。
 地は。
 心は。
 ……代表の肘から先がひとつまたひとつと色を失くしていき、空気の流れに煽られその形をじわりと拡散させていく。中指の突端が壁の厚みの中へと差し込まれ、にわかにドアではないドアのその輪郭を碧色の電流じみた光が瞬足に象り、そこにドアがあるということを証明して見せた。その時、馬の尻に嵌ったドアが鈍い音を立てて地面に落ちた。馬の尻の形をした穴が真ん中に空いていて、片方の把手は落下の衝撃で直角に圧し折れていた。それは壁のドアとほとんど同じで、違うのは大きな穴が空いていることと片方の把手が拉げていることだけだった。
 壁からもう見えない指先を引込めると、代表は岩屋へと踵を返す。空気か、あるいは代表か、それらはすでにひとつの流れとしてぼんやりと揺れているだけである。代表がふたたび担ぎ上げた棺桶は、もはや棺桶ではなく、かつて棺桶だったものでしかなかった。馬は自分の体を鼻先を向けて隈なく調べたがどこにも欠損はなく、筋肉が細かく伸縮し震える律動さえも鮮明に受け取った。背中では一定のリズムで膨れて萎む吉能の胸部を感じ取ることができた。

 

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家出したときの話

 

 とくにおもしろいこともなかったのだけれど、ちょっと本棚が目の前にあってその時のことを少しだけ思い返していたらどうしようもなくなってしまったので、書けることだけ書く。

 大学4年への進級が確定したとき、けっこう身体というか身体についてくる何もかもが身体から離れちゃいそうになっていて、というのも、必要30単位のうち28単位しか取れずに3年への進級ができず留年(その分の学費はなんとかバイトの給料で3年時の夏ごろに親に返済し終わっていた)したり、いろいろあってお薬の民になっていたりしてこのまま4年に進級しても卒業できそうになかったりして、休学費用くらいなら貯金で賄えそうだったので、休学することに決めた。
 ただ、そういう身体的なことだけではなく、休学中にしっかりとやりたいこともあった。といっても、それはほとんど自己留保みたいな、半分あらゆることからの逃避みたいなきらいがなかったわけではない。僕はそこまでちゃんとした人間ではない。
 そのやりたいことというのが、まあざっくりと言えば、とても自己の内面にもぐり込んでいかなきゃできないことで、もとから家族のなかで異質で、矯正の必要がある存在として見なされていた僕と家族の、綱引きみたいなかかわりがミシミシと嫌な音を立て始めた。

 休学期間に入ってから数ヵ月、たぶん暑くもなく寒くもなかったから、初夏の頃合だったと思う。夕食の席で、もうしばらく目も合わせてないし合わせたくもないような感じだった肉親のひとりと、ちょっとした言い合いになった。その人はすでに食事を終えて、ソファでくつろぎながらクイズ番組を観ていた。異常なスピードで食べる人だった。テレビの笑い声が死ぬほど嫌だった。僕はリビングにいるとき常にテレビに苛ついていた。
 言い合いがどうして起こったのかは憶えていないが、おそらく僕がちょっとした苛つきを口にしたのだと思う。そのリビングは、僕のちょっとした苛つきにとても敏感だったから。で、その人も恒常的に精神のはげしい波にさらわれている人で、その時はとくに反応を返してきた。僕は言い合いは強くないけど負けたくないというくだらないタイプの人間だから、そういう人間の常套句的な、軽く嘲るような言葉を発作的に選び、返した。その人はぶちギレた。わからない人も多いかもしれませんが、恒常的な精神の荒波のなかで生きている人間の怒りというのは、その人自身が発する勢いだけでなく、何というか世界もそれに同調しているような、そういった凄まじさがある。僕は怖さと苛立ちとに駆られて持っていた箸をまっぷたつに折った。その人は立ちあがってこっちに来、僕の胸ぐらをつかんでいろんなことを叫んだ。母がちょっと追いついていないといったふうな口調と態度で僕らを制したが、まあそういう諍いはけっこうな部分で母のせいでもあったから、僕らは相手にしない。
 その人は僕の顔面を殴ろうとしたが、殴れないことが僕にもわかっていた。それは母が後ろから羽交い絞めにしているからではない。その人はやさしい人間なのだ。荒波に呑まれてしまっているだけで、もともとしつこすぎるといううっとうしい面はあったけれど、なんてことのない普通の人間なのだ。僕はそのことをその時痛いほど思い出すというか、そうだった、となってしまって、サッと自分のなかから熱とか後悔とか苛立ちのようなものが去っていって、折れてしまった箸を味噌汁でぐちゃぐちゃになったテーブルに置いた。
 おまえは出ていけ! 二度と帰ってくるな! と何度も言われた。それはリビングがこうなってしまう度にその人や母から言われることだった。そういうとき、僕はいつもは自分の部屋に籠って電気を消して布団をかぶっていたのだけれど、その時に限って、おれはここから本当に出ていく必要がある、と瞬時に判断した。出ていきたかったし、それを肉親がすごい剣幕で望んでいた。それに、折れた箸が、毎日つかっている箸を勢いに任せて折ってしまったというのが、けっこうきつかった。

 僕はいったん部屋に戻って財布とスマホと煙草だけつかんで、外に出た。母に、ごめんねって言った。
 家出なんてよくあることでしょ、という向きもたくさんいると思う。家族との喧嘩なんて普通のことじゃん、という。でも、ちょっと違うのである。この家には、家族という形のつながり、何というかそういう無防備でほっとかれていて一番重要なもの、が構造的な欠陥を具えながらあって、そのなかに「家出」はあってはいけないものだった。
 スマホの電源を落として、線路を歩いた。このへんでは線路をふつうに歩く。いや、そんなことはないのかもしれないけれど、僕はふつうに歩く。で、モノレールでとりあえず終点まで行こう、と決める。それが二週に一回、僕が病院に行くルートだったし、私鉄の駅よりもモノレールの駅の方が何倍か遠いところにあったから。発作的な家出だから、まあそれなりに興奮もしていたし、川沿いの遊歩道に出て煙草を吸いだしていたから、とりあえずもっと歩こうと思った。
 なんだか、今思い返すと、おれってほんとうにしょうもないな、って思う。翌日に家に帰るまで、だれか友達の家に寄ったり、好意を抱いている異性に勢いそのままに想いを伝えるとかもなく、ずっとひとりで、ずるずると行動しただけだった。そういうのが、今はいちばん心にずしんと来る。
 モノレールに、ウォークマンを持ってこなかったことを後悔しながら(スマホをつけたら警察かなんかに位置を特定されてしまうので。案の定、母は日付が変わったころに警察に連絡していたらしい。そんなにしなくてもいいのではと警察の人に言われた、ということだけは伝え聞いたが、そんなことは耳に入っていないらしかった)終点から終点まで乗って、そこから今度はJRに乗ろうと思った。
 JRに乗るということは、もう夜もだいぶ深くなっていたし、今日はそのまま家に戻らないということだった。それに、部屋着にクロックスもどきを引っかけたままの手ぶら、という恰好だといろいろ不便もありそうだと思い、駅中のショップで、ご当地ものみたいな船のイラストがついた生成りのトートバックをとりあえず買った。そこに財布と息絶えたスマホを放り込んだ。その隣りに本屋もあったから、村上春樹の『螢・納屋を焼く・その他の短編』の文庫本を買っていた。それも放り込んだ。電車が来た。
 これはちょっとしたオトク情報だが、部屋着にクロックスもどきで、人のわりあい多いJR線に乗車するのは、あまりおすすめできない。恥ずかしいだとか人目が気になるとかではなく、自棄になっていて何故か周りの人間よりも少し優位に立っているみたいな感覚に一時的になって、しばらくしてそのことに気づいて、けっこう落ち込む。

 こういうとき、僕はしょうもない人間だから、どこまでも行くのではなくまあそれなりに知ってるかなって駅で降りてしまう。横浜駅である。
 地下通路のコンビニでアメリカン・スピリットの黄色だが橙色だかとワンカップ大関を購入し、その後は東口の車しか走っていない湾岸エリアをキャスターを何本もふかしながら歩いた、気がする。さすがにこんな成りの男ひとりには居酒屋のキャッチも目もくれない。そして、とにかく迷って、そもそも歩きでスタスタすることを想定されていない湾岸開発エリアなもんだから、とにかく迷って、何とか県庁とか知ってるあたりまでたどり着いた。
 山下公園。僕は山下公園が好きではない。そんな何十回も来たりしてないから、そういう経験に裏打ちされた好き嫌いではなく、何となく、その形状や位置やその他もろもろがしっくりこないというだけであるが。お前が公園ならおれの地元の公園は樹海か何かだよ。
 山下公園には、女神の石膏像みたいな、そういう像が建ってる噴水があり、その回りはドーナツ型のちょっとした広場になっていて、点々とベンチがある。ここでいいや、と僕は腰を落ち着け、ワンカップ大関を開ける。ビチッとそこらにこぼす。つらい。煙草を吸いたくなったが、ここって吸っていいのか?という気持ちと、そこらじゅうで大事な夜を寛いでいるカップルさんたちに不快な思いをさせるのが躊躇われて、煙草は吸わない。暑くも寒くもない夜だった。くだらなかった。
 ワンカップを半分くらいでもういいやっつってベンチの端に追いやり、このまま夜が明けたとして、それからどうなるのだろうと思った。どうなるのだろうは、どうにもならないんだろうな、に変わっていった。それはとても強烈な感情だった。これは、たぶん、公園や高架下なんかで夜を明かそうとした人にしか、この国では気づくことはないのだろうな。
 だんだん、公園のベンチで夜を明かす、ということに飽きてきていた。その飽きは、ベンチに座りながら眠る、もしくは太陽が出てくるのを待つことに対する嫌悪感になり、太陽なんてそもそも見たくないのにな、となり、僕はまた歩きだした。カプセルホテルなんかを探そうと思った。

 カプセルホテルではないけれど、安そうなビル型ホテルの入口を見つけ、入った。エレベーターで受付階まで上がり、ロビーは木目調の床と薄橙の照明のなかにあった。ぱっと見た感じなかなか清潔で、バスタオルなんかも奇麗に畳まれてラックに重ねてあるし、部屋着にクロックスもどきという出で立ちが急に恥ずかしくなって若干赤面した。
 奥から女の人が出てきて、一泊したいという旨を伝えた。そこで気づいたのだが、壁の標示やカウンターのものとかが、ちょっと何か、違う感じがする。予約の有無を確認する女の声で、ああ、これ中華系の、そういう資本のホテルだ、と合点がいった。すぐそばには中華街の入口があるし、何より女の声のイントネーションにあの特有の不和感が混じっていた。
 隣りではあとからエレベーターで上がってきた男女がスマホの画面を見せていて、何千円かを支払っていた。僕のほうはというと、何やら女の人がカウンターの下から何かを取りだし、それは電卓だったのだけれど、そこに、「10,000」と打ち込んで見せてきた。これでどうでしょう、というわけだ。駆け込みの客って、こうやって宿泊料金が決められるのか、僕が部屋着にクロックスもどきに変な柄のトートバックだからなのか(クロックスもどきは女からは見えていないが)、よくわからなかったけど、疲れていたし僕はこういうとき別の選択肢を採る、ということができない性格なので、はい、とだけ言った。一万円札を出し、鍵を渡され、エレベーターに乗った。
 部屋はきれいで、なんかいろいろな機能や趣向がこらされていたが、憶えていない。とりあえずシャワーを浴びて、なんとなくスマホの電源を入れて消し(この一瞬だけ通信会社に補足されたことを母は警察から聞いたらしい、ほんとうにこわい)、テレビをつけた。画面は、つけてから三秒くらいだけ僕に安心感を与え、それから、ほんとうに、ほんとうにくだらないただの光の明滅に成り果てた。消した。スマホもいじることができず、所持品も財布と煙草だけで、何もすることがなく、朝昼夜という一日の時間の概念がとてつもなく白々しいものに感じられてどうしようもなくなった。え、何?これ、何?つってずっと自問しつづけていた。それしかすることがなく、それしか許されていなかった。これはほんとうにきつい。
 あった。本があった。『螢・納屋を焼く・その他の短編』が! それは僕の大好きな短編集で、ふかふかのベッドに横になって、てきとうにページを開いた。
「納屋を焼く」の、主人公と主人公が日常的に寝ている女の恋人が、マリファナを吸っている場面だった。違和感。いつもなら、てきとうに開いて文字を追っているだけでいくぶん楽しいのに、まったく楽しくない、というかつらくなってきている。文章が頭に入ってこない、夜と朝ってなんだ???、マリファナを吸っている、それでこれからどうなるんだ?????、マリファナマリファナ………………
 たぶんジサツっていうのは、この先にもあるのだと、そうぼんやりとした頭で思っていたら、いつの間にか電気をつけっぱなしにしたまま寝ていた。

 朝は来ていたし、なんならもう昼だった。チェック・アウト。さよなら中華資本。
 中華街の脇道に沿って、駅に歩いた。駅でちゃんとしたポロシャツとチノパンを買って、トイレで着替えた。チノパンのウエストがゆるゆるで、たびたび引っ掴んで腰まで上げた。地元の駅までJR線に揺られた。ネットカフェに入り、賃貸物件を探すのが馬鹿らしくなってきて、FANZAのアカウントにログインしてオナニーして、喫煙所で煙草を吸った。暑い日だった。
 夕方、家に帰ると、母にいろいろ言われ、いろいろ言い、言い合いをした人は死んだように自室で眠っていた。いろいろ謝ったりして、上の空の声が返って来たりして、リビングで母に大学辞めます、ひとり暮らしをさせてください、とフローリングに膝をついて申し出た。
 今、僕は大学に通っていて、5畳一間の部屋の本棚には、『螢・納屋を焼く・その他の短編』が文庫本二冊と単行本一冊の三冊がある。

 家に帰ったのは、お薬を欠かさず飲まなきゃいけないという恐れと、両目の見えない犬の散歩ができるのが僕しかいない、という理由だった。お薬はいまでも同じものを飲んでいて、犬はその秋にリビングで家族みんなに見守られながら息を引き取った。